夜空に輝く12の星座——その物語も、いよいよ最後の4つとなりました。
前編では、黄金の羊、白い牡牛、永遠の兄弟、友情の蟹の物語を。中編では、不死の獅子、母の深い愛、正義の女神、小さな暗殺者の物語を綴りました。
後編となる今回、射手座、山羊座、水瓶座、魚座——最後の4つの星座の物語を綴ります。
賢者ケンタウロス・ケイロンの自己犠牲。牧神パーンの慌てての変身。美少年ガニュメデスの新しい人生。そしてアフロディーテとエロスの深い絆——
12星座すべてを巡る旅の、最後の物語が始まります——
射手座 ♐ 賢者ケンタウロス・ケイロンの悲劇
賢者の誕生
ケンタウロス族——上半身が人間、下半身が馬という種族は、通常、粗暴で野蛮な者たちでした。
しかし、その中に一人だけ、まったく異なる存在がいました。
ケイロン——
彼は、神クロノスとニンフ・ピリュラの間に生まれた、神の血を引くケンタウロスでした。
ケイロンは、他のケンタウロスとは違い、知性と教養に満ち、音楽、医学、狩猟、予言、武術——あらゆる技芸に通じた賢者でした。
彼は洞窟に住み、そこで多くの英雄たちを育てました。
アキレウス、アスクレピオス、イアソン、ヘラクレス——彼らは皆、ケイロンの教え子でした。
ケイロンは不死の身でした。永遠に生き、永遠に知識を蓄え、永遠に若者たちを導く——それが彼の運命のはずでした。
誤って放たれた矢

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ある日、ヘラクレスが訪れました。
ヘラクレスは、ケンタウロス族の長であるポロスの洞窟で酒を飲んでいました。その芳醇な香りに誘われて、他の粗暴なケンタウロスたちが押し寄せてきます。
戦いが始まりました。
ヘラクレスは、ヒュドラの毒を塗った矢で、ケンタウロスたちを次々と射ました。
ケンタウロスたちは逃げ、ケイロンの洞窟へと逃げ込みます。
ヘラクレスは追いかけ——そして、一本の矢を放ちました。
その矢が、ケイロンの膝に刺さったのです。
ヘラクレスは愕然としました。自分が最も尊敬する師に、誤って毒矢を——
ケイロンは、苦痛に耐えながらも、穏やかに微笑みました。
「気にするな、ヘラクレス。事故だ」
しかし——ヒュドラの毒は、あらゆる傷を癒せる賢者ケイロンでさえ、治すことができないほど強力でした。
そして、ケイロンは不死の身でした。
死ぬことができないのに、苦痛だけは永遠に続く——
これほど残酷な運命があるでしょうか。
プロメテウスとの交換

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ケイロンは、9日間苦しみました。しかし、死ぬことができません。
同じ頃、プロメテウスという神が、ゼウスの怒りを買って罰を受けていました。
プロメテウスは人類に火を与えた罪で、岩山に鎖で繋がれ、毎日鷲に肝臓をついばまれるという永遠の拷問を受けていました。彼も不死の神のため、肝臓は毎晩再生し、拷問は永遠に続くのです。
ヘラクレスは、プロメテウスを救いたいと思っていました。そして、ケイロンの苦しみも終わらせたい——
ヘラクレスは、ゼウスに懇願しました。
「ケイロンが不死を捨てることを、プロメテウスを解放する条件としてください」
ゼウスは、ケイロンの高貴な犠牲に免じて、これを許可しました。
こうして、ケイロンは不死を放棄し、死を迎えることで、ついに苦しみから解放されました。
そしてプロメテウスもまた、この犠牲に報いるかのように、岩山から解放されたのです。
永遠の教師

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ケイロンは死を迎える前、弟子たちに囲まれていました。
「お前たちが立派に育ってくれて…私は幸せだった」
賢者は微笑みました。
「知識は、受け継がれていく。私が死んでも、お前たちがいる。お前たちの弟子たちがいる」
「だから——私は、永遠に生き続けるのだ」
ケイロンが息を引き取ると、ゼウスは彼を天に上げ、射手座としました。
今も射手座は、弓矢を構えたケンタウロスの姿で描かれています。
知識を後世へと「射る」賢者。自由を求めて駆ける哲学者。そして、弟子たちを思う優しい教師——
【射手座が象徴するもの】
自由、冒険、哲学、探求心、指導力。知識を次世代へ受け継ぐ使命感。そして——必要とあらば自己犠牲も厭わない高貴さ——
山羊座 ♑ 牧神パーンの変身
神々の宴と巨人の襲撃
オリュンポスの神々が、エジプトのナイル川のほとりで宴を開いていたときのことです。
美酒が注がれ、音楽が奏でられ、神々は久しぶりの平和なひとときを楽しんでいました。
その場には、牧神パーンもいました。
パーンは、上半身は人間、下半身は山羊という姿をした神で、葦笛の名手として知られていました。彼の奏でる音楽は、神々さえも魅了するほど美しかったのです。
しかし——
突然、大地が揺れました。
遠くから、恐ろしい咆哮が聞こえてきます。
「テュポンだ!」
誰かが叫びました。
テュポン——それは、大地の女神ガイアが生み出した最強の怪物。百の竜の頭を持ち、その目からは火を噴き、その咆哮は雷鳴のように轟く、神々さえも恐れる巨人でした。
神々は慌てふためきました。
この巨人は、かつてオリュンポスの神々に戦いを挑み、ゼウスでさえ苦戦したほどの恐ろしい存在だったのです。
慌てての変身

Bibi Saint-Pol, Public Domain
神々は、動物に変身して逃げることにしました。
アポロンはカラスに、ヘルメスはトキに、アルテミスは猫に、アフロディーテとエロスは魚に——
パーンも慌てて変身しようとしました。
「魚になって川に逃げよう!」
パーンはナイル川へと飛び込みました。
しかし——
慌てすぎて、変身が中途半端になってしまったのです。
上半身は山羊のまま、下半身だけが魚になってしまいました。
奇妙な姿です。しかし、この姿のおかげで、パーンは無事にテュポンから逃げることができました。
幼いゼウスの守護者

Jacob Jordaens, Public Domain
別の伝説では、パーン(あるいはアマルテイア)は、もっと重要な役割を果たしています。
大神ゼウスが赤ん坊だった頃、父クロノスに食べられる運命から逃れるため、母レアは密かにクレタ島の洞窟にゼウスを隠しました。
そこで、アマルテイアという山羊の乳母が、ゼウスに乳を与えて育てたのです。
アマルテイアの献身的な愛情のおかげで、ゼウスは無事に成長し、後に父クロノスを倒して、神々の王となることができました。
ゼウスは、自分を育ててくれた山羊への感謝を込めて、アマルテイアを天に上げ、星座としました——それが山羊座です。
あるいは、アマルテイアの角が「豊穣の角(コルヌコピア)」となり、そこから無限に食べ物と幸運が溢れ出すようになったとも言われています。
上半身が山羊、下半身が魚

いずれの伝説にしても、山羊座は不思議な姿をしています。
上半身が山羊、下半身が魚——
この姿は、地上(山羊)と水中(魚)、つまり異なる世界を繋ぐ存在を象徴しているとも言われます。
山羊は、険しい山を登る動物です。どんな困難な道でも、一歩一歩、着実に頂上を目指します。
その姿は、まさに野心と持続力の象徴でした。
【山羊座が象徴するもの】
野心、責任感、持続力、達成への意志。困難な道でも諦めずに登り続ける強さ。そして——時に柔軟に形を変える適応力——
水瓶座 ♒ 美少年ガニュメデスの昇天
トロイアの美しき王子
トロイアの王家に、ガニュメデスという少年がいました。
王トロスの息子、あるいは王族の血を引く少年——その美しさは、人間の中で最も美しいと言われるほどでした。
黄金の髪、澄んだ瞳、優雅な立ち居振る舞い——その美貌は、神々さえも嫉妬するほどだったのです。
ガニュメデスは、羊飼いとして、トロイアの野原で羊の群れを導いていました。
ゼウスの一目惚れ

ある日、大神ゼウスが天から地上を眺めていると——
ガニュメデスの姿が目に入りました。
「なんと…美しい」
ゼウスは、一瞬で心を奪われました。
この少年を、オリュンポスに連れて行きたい。そばに置きたい——
ゼウスは、鷲に変身しました。あるいは、鷲を遣わしたとも言われます。
巨大な鷲が、空から舞い降りてきました。
ガニュメデスが驚く間もなく、鷲は少年を掴み上げ、天へと舞い上がりました。
オリュンポスの給仕
オリュンポスに連れてこられたガニュメデスは、神々の給仕役となりました。
宴の席で、ガニュメデスは神々にネクタル(不死の酒)を注ぎます。美しい少年が優雅に酌をする姿は、神々の宴をさらに華やかにしました。
それまで給仕役を務めていたのは、ゼウスとヘラの娘ヘベ(青春の女神)でしたが、彼女は結婚してその役を退いていました。
ガニュメデスの父トロス王は、最初は息子の失踪を嘆きました。
しかしゼウスは、申し訳なさと感謝の印として、トロス王に不死の駿馬を贈りました。そして、息子が神々の世界で名誉ある役割を果たしていることを伝えたのです。
発想の転換

ガニュメデスは、最初は戸惑いました。
突然、見知らぬ世界に連れてこられ、神々の給仕をするようになった——
しかし、ガニュメデスは賢い少年でした。
「嘆いても、状況は変わらない」
「ならば、この新しい役割を、最高の形で果たそう」
彼は、給仕という仕事を芸術の域まで高めました。どの神にどのタイミングでどう酌をするか——その一つ一つに、美と優雅さを込めたのです。
やがて、ガニュメデスは神々から愛され、尊敬されるようになりました。
そして——ゼウスは、ガニュメデスを天に上げ、水瓶座としました。
水瓶から水(あるいはネクタル)を注ぐ姿で、永遠に夜空に輝くように——
【水瓶座が象徴するもの】
独創性、友愛、革新、人道主義。予期せぬ運命の変化を受け入れ、新しい役割で輝く柔軟さ。そして——平等に恵みを分け与える博愛の心——
魚座 ♓ アフロディーテとエロス、愛と絆の変身
神々の宴、再びの危機
またしても、神々が宴を楽しんでいたときのことです。
美と愛の女神アフロディーテと、その息子で愛の神エロス(キューピッド)も、その場にいました。
エロスはまだ幼い子供でした。愛らしい翼を持ち、いつも母の側で無邪気に笑っていました。
しかし——
突然、あの恐ろしい咆哮が響きました。
テュポン——再び、巨人が襲来したのです。
神々は慌てて動物に変身し、逃げ始めました。
母と子の絆

アフロディーテは、幼いエロスの手を握りました。
「エロス、離れないで!」
しかし、混乱の中で、母と子が離れ離れになってしまうかもしれない——そう思ったアフロディーテは、一つの決断をしました。
二人は魚に変身して、ユーフラテス川へと飛び込みました。
しかし——ただ魚になるだけではありませんでした。
アフロディーテとエロスは、一本の紐で互いの体を結んだのです。
こうすれば、たとえ流れに流されても、離れ離れにならずに済む——
紐で結ばれた二匹の魚は、川の中を泳ぎました。
そして——無事に、テュポンの脅威から逃れることができたのです。
永遠に結ばれた愛

危機が去った後、ゼウスは、この母子の深い愛と絆を讃えました。
そして、紐で結ばれた二匹の魚を、天に上げ、魚座としたのです。
今も魚座は、一本の紐で結ばれた二匹の魚として描かれています。
一匹は母アフロディーテ。一匹は息子エロス。
そして、二匹を繋ぐ紐は——決して離れたくない、失いたくないという、純粋な愛の絆を象徴しています。
別の伝説では、この二匹の魚は、母子を救った恩人の魚だとも言われます。シリアの女神アタルガティスとその息子を助けた魚たちが、その功績を讃えられて星座になったという説もあります。
いずれにしても、魚座に共通するのは——愛する者を守りたいという、深い愛情と絆の物語です。
【魚座が象徴するもの】
共感、芸術性、スピリチュアル、直感、犠牲的な愛。互いを思いやる優しさと、決して離れたくないという深い絆——
あとがき——12の星座、12の物語
12の星座すべてを巡る旅が、終わりました。
前編では、兄妹の別れ、大胆な愛、永遠の絆、小さな勇気を。
中編では、不死の獅子、母の深い愛、失われた正義、傲慢への戒めを。
そして後編では、賢者の自己犠牲、慌てての変身、新しい役割への適応、そして母子の絆を——
こうして振り返ると、12の物語は、それぞれに異なる情景を描きながら、どこか共通するものを持っていることに気づきます。
愛すること、勇気を持つこと、絆を大切にすること、時に犠牲を払うこと、夢を追うこと、変化を受け入れること——
これらはすべて、何千年前も、今も、変わらない人間の営みです。
古代ギリシャの人々は、星の並びに「神話」を見ましたが、実は、自分たち自身の姿を投影していたのです。そして、その物語を後世へと伝えることで、人間の本質的な真実を語り継いできました。
星空を見上げる
次に夜空を見上げたとき——
星の並びに、物語が見えるかもしれません。
あの星は、黄金の羊。
あの星は、カストルとポルックスの絆。
あの星は、デメテルの愛。
あの星は、ケイロンの知恵。
あの星は、アフロディーテとエロスの絆——
古代ギリシャの人々と、同じ星空を見上げている。
そう思うと、夜空が少し近く感じられます。
物語は続く
星々の物語は、ここで終わりではありません。
夜空を見上げるたび、新しい物語が始まります。
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12星座シリーズ:
- 【前編】牡羊座・牡牛座・双子座・蟹座
- 【中編】獅子座・乙女座・天秤座・蠍座
- 【後編】射手座・山羊座・水瓶座・魚座(この記事)

