真っ黒な肌、血のように赤い舌を出し、首に髑髏の首飾りをかけ、腰に切断された腕の腰帯を巻く——カーリー(Kali)は、ヒンドゥー教の女神の中で最も恐ろしく、そして最も深く愛される存在です。
カーリーに捧げられる花は、赤いハイビスカス。特に108本の真紅のハイビスカスが、この女神の最愛の供物とされています。
なぜ時間と破壊の女神には、赤いハイビスカスが捧げられるのでしょうか。その背景には、生と死の境界、破壊と創造の循環、そして母なる時間の流れがあります。
カーリーとは:時間を超越する母なる女神
プロフィール
サンスクリット名: काली (Kālī)
別名
- カーラ・カーリー(時間のカーリー)
- マハーカーリー(偉大なるカーリー)
- バドラカーリー(吉祥なるカーリー)
- シャーマー(暗黒の女神)
- カーリカー(時間の女性形)
本質: シヴァ神の妃パールヴァティーの最も激しい姿
司るもの: 時間、死、破壊、変容、解放、母性的な保護
カーリーの容姿
- 肌の色:漆黒、深い青黒色
- 顔:舌を出した激しい表情、三つの眼
- 髪:乱れた黒髪、自由に流れる
- 装飾品
- 髑髏の首飾り(通常50個または108個)
- 切断された腕の腰帯
- 蛇の腕輪
- 四本の腕
- 剣(切断)
- 切断された頭(エゴの破壊)
- 祝福の手印
- 恐れるなの手印
- 立ち姿:シヴァ神の身体の上に立つ姿で描かれることが多い
カーリーの名前の意味
カーラ(Kāla): サンスクリット語で「時間」を意味します。カーリーは時間の女性形であり、時間そのものを擬人化した存在です。
時間は万物を飲み込み、すべてを終わらせます。同時に、時間は新しい始まりをもたらします。カーリーはこの時間の力——破壊と創造の循環——を体現しています。
黒(暗黒): カーリーの黒い肌は、時間の果てにあるもの、宇宙が始まる前の暗黒、すべてが還っていく虚空を象徴しています。
カーリー誕生の神話:ドゥルガーの怒りから
ラクタビージャとの戦い
カーリーの誕生は、ドゥルガーの記事でも触れましたが、より詳しく見ていきましょう。
ドゥルガーは悪魔ラクタビージャ(血の種)と戦っていました。この悪魔には恐るべき力がありました——彼の血の一滴が地面に落ちるたびに、その滴から新しい悪魔が生まれるのです。
ドゥルガーが剣で切りつけると、無数の血滴が地面に落ち、それぞれから新しい悪魔が生まれます。戦場は悪魔で溢れかえり、ドゥルガーは絶望的な状況に追い込まれました。
額から生まれた黒い女神
その時、激しい怒りがドゥルガーの額から噴き出しました。その怒りのエネルギーから、真っ黒な肌を持つ恐ろしい女神が現れました——それがカーリーです。
カーリーは戦場に飛び込み、ラクタビージャを攻撃しました。しかし、血が地面に落ちる前に、カーリーはその血をすべて飲み干しました。彼女の舌は長く伸び、すべての血滴を受け止めます。
地面に血が一滴も落ちなくなると、ついにラクタビージャは力を失い、カーリーは彼を倒しました。
戦いの興奮と舌を出した姿
勝利の後、カーリーは戦いの興奮から我を忘れ、戦場で踊り始めました。その踊りはあまりに激しく、大地が揺れ、宇宙全体が破壊される危険がありました。
神々は恐れ、シヴァ神に助けを求めました。シヴァは戦場に横たわり、カーリーの足元に身体を置きました。
踊り狂うカーリーは、シヴァの身体を踏みました。その瞬間、自分が夫を踏んでいることに気づき、驚きと恥ずかしさで舌を出しました。
この姿——シヴァの上に立ち、舌を出したカーリー——が、最も有名なカーリーの図像となっています。
赤いハイビスカス:カーリーの舌を表す花

なぜハイビスカスなのか
舌の形: ハイビスカスの中心から長く突き出た雄しべの柱は、カーリーの舌を思わせます。赤い雄しべは、血を飲んだ舌のようにも見えます。
赤という色
- 血の色
- 生命力
- 情熱
- 破壊と創造
- 時間の流れ(日の出と日没の赤)
一日で散る: ハイビスカスは朝開いて夕方にはしぼむ一日花です。これは、時間の無常、生命の儚さ、そしてカーリーが司る「すべては過ぎ去る」という真理を象徴しています。
熱帯の花: 強い日差しの下で咲く力強さは、カーリーの激しいエネルギーと重なります。
108本のハイビスカス
カーリー・プージャ(カーリーの礼拝)では、108本の赤いハイビスカスで花輪を作り、女神に捧げる習慣があります。
108という数字: ヒンドゥー教と仏教で神聖な数字です。
- 108の名前(アシュトーッタラ・シャタナーマ)
- 108の煩悩(仏教)
- 108の聖地
- 数珠の珠の数(108個)
- 宇宙の数学的な調和を表す
西ベンガルのカーリー・プージャ: 特に西ベンガル州では、カーリー・プージャが盛大に行われます。ディーワーリー(光の祭り)の夜、ラクシュミーではなくカーリーを礼拝する伝統があります。
この夜、寺院や家庭のカーリー像は、108本の赤いハイビスカスの花輪で何重にも飾られます。
ハイビスカスの種類
Hibiscus rosa-sinensis(チャイニーズハイビスカス): 最も一般的な観賞用ハイビスカス。大輪で鮮やかな赤。
野生種: インドには野生のハイビスカスも自生しており、より小ぶりで深紅色の花を咲かせます。
二重咲き品種: 花びらが幾重にも重なった豪華な品種もありますが、カーリーには一重の単純な形が好まれることが多いです。
カーリーの多様な姿
カーリーには様々な姿があり、それぞれが異なる側面を表しています。
1. ダクシナ・カーリー(優しいカーリー)
最も一般的な姿。四本の腕を持ち、右足でシヴァを踏んでいます。
特徴
- 穏やかな表情(比較的)
- 祝福と保護の手印
- 家庭で礼拝される姿
2. スマシャーナ・カーリー(火葬場のカーリー)
火葬場に住むカーリーの姿。
特徴
- 最も恐ろしい姿
- 髑髏と骨で飾られる
- 死と変容を司る
3. バドラ・カーリー(吉祥なるカーリー)
吉祥をもたらすカーリーの姿。
特徴
- より穏やかで母性的
- 十八本の腕
- 保護の女神として
4. マハーカーリー(偉大なるカーリー)
宇宙的なカーリーの姿。
特徴
- 宇宙の創造と破壊を司る
- すべての神々の源
- 十本の腕
どの姿であっても、赤いハイビスカスはカーリーの最愛の花です。
ハイビスカスの植物学的特徴(詳細)
形態

花の構造
- 五枚の花びらが放射状に開く
- 中心から雄しべが束になって突き出る(雄しべの柱)
- 雄しべの柱の長さ:8〜12センチメートル
- 柱の先端に黄色い葯(花粉)
- 雌しべは雄しべの柱の先端にある
色素: 赤いハイビスカスの色は、アントシアニンという色素によるものです。この色素は、pH、温度、光によって濃さが変わります。
開花のメカニズム
- 夜明け前につぼみが膨らむ
- 日の出とともに開き始める
- 午前中に完全に開く
- 午後から徐々に閉じ始める
- 夕方には完全にしぼむ
- 翌日には花は落ちる
この一日の生と死の循環は、カーリーが司る時間の流れそのものです。
ハイビスカスの実用価値

食用
- 花はサラダやデザートに
- 乾燥させてハイビスカスティー(ローゼル種)
- ビタミンC、ミネラルが豊富
薬用
- 血圧降下
- 利尿作用
- 消化促進
- 美肌効果
- 髪の健康(インドでは伝統的にヘアオイルに使用)
染料: 赤い花から赤紫色の天然染料が取れます。
化粧品: 花のエキスは、化粧品やシャンプーに使われます。
カーリー・プージャ:新月の夜の祭り
ディーワーリーとカーリー・プージャ
インド全土ではディーワーリーの夜にラクシュミーを礼拝しますが、西ベンガル州では伝統的にカーリーを礼拝します。
時期: 10月〜11月(ヒンドゥー暦の新月の夜)
なぜ新月なのか: 新月の夜は最も暗い夜です。この暗闇は、カーリーの黒い肌、そして宇宙が始まる前の原初の暗黒を象徴しています。
暗闇の中にこそ、真の光(悟り)が見出されるという教えがあります。
祭りの様子
準備:
- カーリー像を作る(粘土で作られることが多い)
- 赤いハイビスカスを大量に用意
- 108本のハイビスカスで花輪を作る
礼拝:
- 真夜中に最も重要な礼拝が行われる
- 赤いハイビスカスを一つずつ捧げる
- マントラ「オーム・クリーム・カーリーカーヤイ・ナマハ」を唱える
- 太鼓と法螺貝の音が響く
供物:
- 赤いハイビスカス
- 赤い服
- 米
- 果物
- 甘いもの
タントラの儀式: 一部のタントラ(密教的)の伝統では、より秘儀的な儀式が行われますが、一般的な家庭の礼拝では、花を捧げ、祈りを捧げる形です。
コルカタのカーリー寺院
ダクシネシュワル・カーリー寺院: ガンジス川沿いにある有名なカーリー寺院。19世紀の聖者ラーマクリシュナがこの寺院の司祭でした。
毎日、新鮮な赤いハイビスカスが山のように供えられます。
カーリーガート寺院: コルカタ(旧カルカッタ)で最も古く、最も重要なカーリー寺院の一つ。カーリーの足の指が落ちた場所とされる聖地です。
カーリーとシヴァ:破壊と時間の夫婦
なぜシヴァの上に立つのか
カーリーがシヴァの胸の上に立つ図像には、深い意味があります。
シヴァ
- 意識(プルシャ)
- 静的な存在
- 永遠不変
カーリー
- エネルギー(シャクティ)
- 動的な力
- 時間と変化
カーリーがシヴァの上に立つ姿は、エネルギーが意識を動かすこと、時間が永遠の上を流れること、そして動と静の完璧なバランスを表しています。
シヴァなしにカーリーは方向性を失い、カーリーなしにシヴァは動けません。二人は宇宙の二つの側面——不変の意識と、絶え間なく変化する時間——です。
ラーマクリシュナとカーリー
19世紀の聖者ラーマクリシュナは、カーリーへの献身で知られています。
彼はダクシネシュワル寺院の司祭として、カーリーを母として深く愛しました。彼の教えは、恐ろしい姿のカーリーも、実は慈悲深い母であるというものでした。
ラーマクリシュナは毎日、新鮮な赤いハイビスカスをカーリーに捧げ、母と子のように女神と語り合ったと言われています。
まとめ:時間の流れと、一日で散る花
カーリーと赤いハイビスカス——その関係は、時間という最も根源的な力と、儚い生命の美しさを物語っています。
赤いハイビスカスは、朝開いて夕方には散ります。その一日という短い命の中で、全力で咲き、そして潔く散る。この姿は、時間がすべてを飲み込む様を、美しく表現しています。
花の中心から突き出た赤い雄しべは、血を飲んだカーリーの舌を思わせます。しかしそれは恐ろしさだけでなく、生命を守るために戦う母の激しさでもあります。
カーリーは破壊の女神ですが、破壊なくして創造はありません。古いものが終わらなければ、新しいものは始まりません。冬が来なければ、春は訪れません。
ハイビスカスが一日で散ることで、翌日また新しい花が咲く場所を作るように、カーリーの破壊は、新しい生命のための空間を作ります。
時間は容赦なく流れます。昨日は二度と戻りません。しかし、時間が流れるからこそ、新しい今日があり、希望に満ちた明日があります。
赤いハイビスカスを見るとき——その鮮烈な赤、大胆に開いた花びら、そして一日で散る潔さ——そこに、生命の儚さと美しさ、時間の無常と恵み、そして変化することの必然性を感じることができるでしょう。
カーリーは恐ろしい姿をしていますが、彼女を「母」と呼ぶ信者たちにとって、彼女は最も慈悲深い存在です。
ジャイ・マー・カーリー!
(カーリー母神に勝利あれ!)
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