戦場の上を、黒いカラスが舞っています。
その翼の影が地を這うとき、戦士たちは恐怖に震えます——死の予言者が来た、と。
しかしカラスは、ただの鳥ではありません。
それはモリガン、戦いと運命の女神です。
彼女は三つの顔を持ち——乙女、母、老婆——生と死と再生のすべてを司ります。戦場で死ぬ者を選び、英雄を導き、そして時には——愛する者のために、自ら戦います。
そして戦場の端、墓地の門には、一本の木が立っています——イチイの木です。
深緑の葉は永遠に色褪せず、赤い実は血のように輝き、その幹は数千年の時を生き延びます。しかしすべての部分に毒を持ち、触れる者に死をもたらす——それでいて、死者の魂を守護し、再生を約束する、矛盾に満ちた木。
戦いと平和、死と再生、終わりと始まり——モリガンとイチイは、この世界の最も深い真理を体現しています。
さあ、カラスの鳴き声に導かれて、古い墓地のイチイの下へ。そこで女神は、永遠の物語を語り始めます。
モリガン——三相の戦女神

プロフィール
アイルランド語: Mórrígan, Morrígu
意味: 「大いなる女王」「幻影の女王」
別名
- モル・リオガン(Mor-Ríoghain)
- モリグ(Morrígu)
- モルリガン(Morrígan)
役割・司るもの
- 戦争と戦闘
- 死と運命
- 予言と預言
- 主権と王権
- 勝利と敗北
- 恐怖と混乱
- 性愛と豊穣(暗黒面)
- 変身と魔術
- カラスとオオガラス
家系
モリガンの出自には諸説ありますが、最も一般的な伝承では——
父: エルナマス(Ernmas)——女神、あるいはダーナ神族の賢女
姉妹: 三姉妹として語られることが多い
- バズヴ(Badb)——「カラス」「戦いのカラス」を意味する
- マハ(Macha)——戦いと主権、馬の女神
- ネマイン(Nemain)——「猛毒」「狂乱」を意味する
しかし——ここが複雑なのですが——
モリガンは一人の女神でありながら、三人の姉妹でもあります。
あるいは、三人の姉妹が「モリガン」という一つの存在を形成しているとも言えます。
これはケルト神話特有の「三重性(triplicity)」の概念です。
象徴とシンボル
カラス/オオガラス: モリガンの最も有名な化身。戦場に現れ、死を予言する。
狼: 敵軍を混乱させるために、50頭の狼を率いることもある。
雌牛: 時に赤い雌牛の姿で現れる。豊穣と破壊の両面を持つ。
ウナギ: 川で戦う英雄の足を絡め取る姿。
老婆: 一つ目の老婆として現れ、英雄を試す。
美しい乙女: 赤い衣をまとい、赤い馬に乗る美女。
洗濯女: 川で血に染まった鎧を洗う姿——死の予兆。
恐怖と魅力
モリガンは、ケルト神話で最も恐れられ、同時に最も魅惑的な女神です。
彼女は——
- 美しくも恐ろしい
- 愛を与えるが、拒絶されれば復讐する
- 勝利をもたらすが、敗北も告げる
- 生命を育むが、死をもたらす
二面性——いえ、多面性——それがモリガンの本質です。
彼女を理解しようとすることは、死と生命そのものを理解しようとすることなのです。
三人の女神、一つの名

バズヴ——戦いのカラス
バズヴ(Badb)は、最も直接的に戦場と結びついています。
彼女の名前は「カラス」を意味し——
戦場の上空を飛び、戦士たちの運命を見届けます。
バズヴの叫び: 彼女が戦場で叫ぶ声は、戦士たちを恐怖に陥れ、敵軍を混乱させます。
ある伝承では、バズヴの叫びを聞いた戦士は——
- 味方と敵の区別がつかなくなり
- 自分の影に怯え
- 狂気に陥って自害する
こともあったと言われています。
マハ——主権の女神
マハ(Macha)は、戦いだけでなく主権と王権とも結びついています。
彼女には複数の側面があります——
戦場のマハ: 戦いの後、敵の首を刈り取り、戦利品を数える。
呪いのマハ: 侮辱されたマハは、アルスター(北アイルランド)の男たちすべてに呪いをかけました——最も必要な時に、出産の痛みで動けなくなる呪いを。
馬のマハ: 馬と深く結びつき、エマイン・マハ(マハの双子)という要塞の名前にもなっています。
ネマイン——狂乱の女神
ネマイン(Nemain)は、「猛毒」「パニック」「狂乱」を意味します。
彼女の役割は——
戦場に混乱をもたらすこと。
彼女が現れると——
- 戦士たちは方向感覚を失い
- 幻覚を見始め
- 恐怖で心臓が止まることさえある
ある戦いでは、ネマインが叫んだ声だけで——
百人の戦士が恐怖死したと記録されています。
三人でありながら一人
しかし、これら三人は——
独立した三人の女神でありながら——
「モリガン」という一つの存在でもあります。
これは矛盾ではありません。
ケルトの世界観では、一つのものが同時に三つであることができるのです。
- 過去・現在・未来
- 乙女・母・老婆
- 生・死・再生
モリガンは、このすべてを体現しています。
だから、物語によっては——
「モリガンとバズヴとマハが現れた」と語られることもあれば——
「モリガンが三つの姿で現れた」と語られることもあるのです。
予言の川辺

サウィンの前夜
サウィン(Samhain、11月1日)——ケルトの新年の前夜。
この夜、この世と異界の境界が薄くなり、死者が戻り、神々が人の世に降りてきます。
ウニウス川のほとり——
そこで二柱の神が出会いました。
ダグザ——トゥアハ・デ・ダナーンの父なる神、善き神。
モリガン——戦いと運命の女神。
川で身を洗う女
ダグザが川辺を歩いていると——
一人の女性が川で足を洗っていました。
片足は川の南岸に、もう片足は北岸に——
つまり、川をまたいで立っていたのです。
(これは人間には不可能な姿勢です——彼女が普通の女性ではない証拠です)
女性は美しく、しかし——どこか恐ろしげでもありました。
予言と約束
ダグザは、彼女がモリガンだと気づきました。
そして二人は——結ばれました。
これは神聖な結婚(ヒエロス・ガモス)——
大地(ダグザ)と戦い(モリガン)の結合、
王権と主権の結合、
そして——来るべき戦いのための契約でした。
モリガンはダグザに告げました。
「フォモール族との戦いが近い。——私はダーナ神族に味方する。」
魔法の報酬
モリガンはダグザに、フォモール族の王の心臓と腎臓を持ってくるよう命じました——
これは象徴的な意味で、敵の力を奪うという意味です。
そして彼女は約束しました——
「私は敵軍を破壊する。魔法で、恐怖で、混乱で。」
こうして、マグ・トゥレドの第二の戦いにおいて——
モリガンはダーナ神族の最も強力な味方となるのです。
クー・フーリンとの出会い

赤い衣の乙女
クー・フーリン——アイルランド神話最大の英雄。
彼がまだ若く、栄光の絶頂にあった頃——
ある日、赤い衣をまとい、赤い馬に乗った美しい乙女が彼の前に現れました。
髪は炎のように赤く、目は深い緑色——
クー・フーリンは、かつて見たことがないほど美しい女性だと思いました。
愛の申し出
乙女は名乗りました——「私はモリガンの娘」と。
(これは本当かもしれませんし、モリガン自身が別の姿を取っていたのかもしれません)
「私はあなたの戦いを見ていました。あなたの勇気、あなたの美しさ、あなたの技——私はあなたを愛しています。」
「私の家畜も、私の富も、私自身も——すべてあなたに捧げます。」
これは、女神からの愛の申し出——
普通なら、どんな男も喜んで受け入れるはずのものでした。
拒絶
しかし、クー・フーリンは答えました。
「女よ、私は今、戦いの最中だ。女のために時間を割く余裕はない。」
「それに——私が必要としているのは、女の助けではない。私は一人で十分強い。」
モリガンの目が、一瞬、暗くなりました。
「ならば」——彼女の声は、まだ穏やかでした——「もし私が困っていたら、あなたは助けてくれますか?」
「いや」——クー・フーリンは素っ気なく答えました——「女のために戦いを中断する気はない。」
予言の言葉
モリガンの美しい顔が、少しずつ変わり始めました——
若さが消え、優しさが消え、代わりに——何か古く、冷たく、恐ろしいものが現れました。
「ならば覚えておきなさい、クー・フーリン。」
「あなたが戦っている時、私は邪魔をするでしょう。」
「ウナギとなって、川であなたの足を絡め取りましょう。」
「狼となって、家畜を混乱させ、あなたの気をそらしましょう。」
「赤い雌牛となって、群れを率いてあなたに突進しましょう。」
「そして——あなたが困っている時、私が助けを求めても、あなたは拒否したのですから——私もあなたを助けません。」
そう言うと、彼女は消えました。
クー・フーリンは、初めて——恐怖を感じました。
拒絶された愛
なぜ彼は拒絶したのか
クー・フーリンがモリガンを拒絶した理由——
それは単なる傲慢さだったのでしょうか?
おそらく、それだけではありません。
クー・フーリンには既に——エメルという妻がいました。
そして彼は、アルスターの戦士として——名誉を何よりも重んじていました。
戦いの最中に女性に心を奪われること——
それは、戦士としての誇りを傷つけることだったのです。
しかし——
女神の愛を拒絶すること——
それは、さらに大きな代償を払うことになるのです。
女神の怒り
モリガンは、拒絶されたことに怒ったのでしょうか?
いいえ——怒りだけではありません。
傷ついたのです。
女神といえども——いや、女神であるからこそ——
愛を拒絶されることの痛みは、人間以上に深かったかもしれません。
しかしモリガンは、悲しみを怒りに変え——
復讐を誓いました。
愛と憎しみの境界
興味深いことに——
モリガンは、クー・フーリンを殺そうとはしませんでした。
彼女がしたのは——
彼を試すこと
彼を苦しめること
そして——最終的には、彼の死を見届けること
これは愛でしょうか、憎しみでしょうか?
おそらく、その両方です。
愛の裏返しとしての憎しみ——
モリガンとクー・フーリンの関係は、この複雑な感情の糸で結ばれていたのです。
戦場の復讐

クアルンゲの牛捕り
やがて、タイン・ボー・クアルンゲ(クアルンゲの牛捕り)——アイルランド神話最大の戦争が始まりました。
コナハト女王メイヴが、アルスターの褐色の雄牛を奪おうと、大軍を率いて侵攻したのです。
アルスターの男たちは、マハの呪いにより動けず——
ただ一人、クー・フーリンだけが戦いました。
一人で、何百人もの敵を相手に。
第一の試練:ウナギ
クー・フーリンが浅瀬で戦っている時——
突然、ウナギが彼の足に絡みつきました。
バランスを崩したクー・フーリンは、一瞬、隙を見せました——
敵の槍が彼の腕を貫きました。
しかし彼は、ウナギを踏みつけ、その背骨を折りました。
第二の試練:狼
次の日、クー・フーリンが家畜の群れの中で戦っている時——
灰色の狼が現れ、群れを混乱させました。
牛たちは暴走し、クー・フーリンは群れの下敷きになりそうになりました——
しかし彼は、投石器で狼の目を打ち、片目を潰しました。
第三の試練:赤い雌牛
三日目、クー・フーリンが疲労困憊で戦っている時——
角のない赤い雌牛が、50頭の雌牛を率いて突進してきました。
クー・フーリンは、投石器で雌牛の足を砕きました。
老婆との出会い
戦いの後、喉が渇いたクー・フーリンは——
一つ目の老婆が、牛の乳を搾っているのを見つけました。
「水をくれないか」と彼は頼みました。
老婆は、三つの乳首から乳を搾り、彼に与えました。
クー・フーリンは、一口飲むごとに——
「あなたを祝福します」と言いました。
すると——
老婆の背骨が真っすぐになりました(ウナギを踏まれた傷が治った)。
老婆の目が元に戻りました(狼として目を潰された傷が治った)。
老婆の足が治りました(雌牛として足を砕かれた傷が治った)。
そして老婆は——若く美しい女性に変わりました。
「お前は——モリガンか!」
「そうです」——女神は微笑みました——「あなたは、助けを求める女を拒否すると言いました。しかし今、あなたは私を三度祝福し、治癒しました。」
「だまされた……」
「いいえ」——モリガンは首を振りました——「あなたの心は、あなたの言葉より優しかったのです。」
そして彼女は、再び消えました。
マグ・トゥレドの大戦

二つの種族の衝突
マグ・トゥレドの第二の戦い——
これは、トゥアハ・デ・ダナーン(ダーナ神族、光の神々)とフォモール(闇の巨人族、海の魔族)の最終決戦でした。
アイルランドの支配権をかけた、宇宙規模の戦い。
光と闇、秩序と混沌、生命と死——
すべてがこの戦場で決まるのです。
モリガンの参戦
モリガンは、ダグザとの約束を守りました。
戦いの前夜——
彼女は三重の姿で現れました。
バズヴ、マハ、ネマイン——あるいは、モリガンの三つの側面——
が、戦場の上空を飛び回りました。
恐怖の叫び
戦いが始まると——
モリガンは恐ろしい叫び声を上げました。
その声は——
- フォモール族の心に恐怖を植え付け
- 彼らの結束を乱し
- 幻覚を見させ
- 何人かは、声だけで死にました
魔法の援助
モリガンは、さらに——
- ダーナ神族の戦士たちを鼓舞しました
- 敵の将軍に呪いをかけました
- 天候を操り、フォモール族に不利な風を吹かせました
- 自ら戦場を駆け、敵を倒しました
ルーの勝利
最終的に、光の神ルーがフォモール族の王バロールを倒し——
ダーナ神族が勝利しました。
しかしこの勝利には——
モリガンの力が不可欠だったのです。
彼女なくしては、ダーナ神族は敗北していたでしょう。
勝利の予言と終末の歌
勝利の宣言
戦いが終わった後——
モリガンは丘の上に立ち、勝利を宣言しました。
「平和が戻った!」
「天は地まで、地は天まで!」
「力は力へ!」
「木の実は木に満ち!」
「豊穣が戻る!」
彼女の声は、アイルランド全土に響き渡りました。
これは、新しい時代の始まりの宣言でした。
しかし——
しかし、その後——
モリガンの声は、変わりました。
明るい予言の後に、彼女は——
暗い預言を語り始めたのです。
終末の歌
「しかし、やがて——」
「世界は衰える。」
「夏には果実がなく。」
「牛には乳がなく。」
「女には慎みがなく。」
「男には勇気がなく。」
「老人には知恵がなく。」
「王には正義がない。」
「木は実をつけず。」
「海は魚を生まず。」
「人は人を裏切り。」
「兄弟は兄弟を殺す。」
「これが——世界の終わり。」
予言の意味
なぜモリガンは、勝利の直後に——
終末を預言したのでしょうか?
それは、彼女がすべてを見通す者だからです。
彼女は、循環を知っています——
- 勝利の後には衰退が来る
- 平和の後には戦争が来る
- 生の後には死が来る
- しかし死の後には——再生が来る
モリガンの終末の歌は、絶望ではありません。
それは、真実です。
そして——おそらく——警告です。
「勝利に酔うな。平和を当然と思うな。すべては変わる。だから——今を大切にせよ。」
イチイ——不死と死の木

ケルトの人々は、ある木を特別視していました——
イチイ(Yew)。
日本ではイチイ(一位)、またはオンコとして知られるこの木は——
ヨーロッパ全土で最も神聖で、最も恐れられた木でした。
永遠に生きる木
イチイは、驚異的に長生きします。
- ヨーロッパ最古のイチイは、5000年以上生きていると推定されています
- 多くのイチイは、1000年、2000年——人間の歴史よりも長く生きています
しかも——
イチイは決して老いないように見えます。
常緑樹で、一年中深い緑色の葉をつけ——
古い幹が朽ちても、内側から新しい幹が育ち——
まるで自分自身を再生するかのようです。
しかし毒を持つ
しかし、イチイは美しいだけではありません。
ほぼすべての部分が猛毒なのです。
- 葉——毒
- 枝——毒
- 樹皮——毒
- 種——毒
- 唯一、赤い実の果肉部分だけが無毒(しかし種は有毒)
イチイの毒——タキシン(taxine)——は、心臓を止めます。
少量でも致死的で、解毒剤はありません。
矛盾の木
だから、イチイは完璧な矛盾です。
- 最も長生きする木——しかし死をもたらす
- 永遠の生命の象徴——しかし毒の木
- 再生する木——しかし朽ちない死体のように見える幹
この矛盾こそが——
イチイをモリガンの木にしているのです。
なぜなら、モリガン自身が——
生と死の境界に立つ女神だからです。
墓地の守護者

教会の前に立つ木
ヨーロッパ、特にイギリスとアイルランドの古い教会を訪れると——
必ずと言っていいほど、イチイの木が植えられています。
しかもそのイチイは——教会よりも古いことが多いのです。
なぜでしょうか?
答えは簡単です——教会が、イチイの聖地に建てられたのです。
異教の聖所
キリスト教がアイルランドに来る前——
イチイの木の下は、ドルイドの聖所でした。
なぜなら、イチイは——
- 死者の世界への門
- 祖先の霊が宿る場所
- 異界との境界
だったからです。
ドルイド僧たちは、イチイの下で——
- 死者のための儀式を行い
- 祖先と交信し
- 予言を受け取りました
キリスト教の継承
キリスト教の宣教師たちは、賢明でした。
彼らは、イチイの聖所を破壊しませんでした。
代わりに——
その上に教会を建てたのです。
「異教の神聖な場所は、キリスト教でも神聖だ」という理論で。
だから今でも——
ヨーロッパ中の古い教会墓地には、イチイが立っています。
樹齢1000年、1500年、時には2000年——
教会よりはるかに古いイチイが、静かに死者を見守っているのです。
死者の守護者
イチイは、墓地の守護者です。
その役割は——
- 悪霊や魔女から死者の安らかな眠りを守る
- 生者の世界と死者の世界の境界を明確にする
- 何世代も何世代も、死者の記憶を保ち続ける
- 死は終わりではなく、新しい始まりであることを示す
モリガンの木
そして——
これらすべてが、モリガンの役割でもあります。
モリガンもまた——
- 死者の魂を戦場から異界へ導く
- 生と死の境界に立つ
- 運命と記憶を司る
- 死の後の再生を約束する
だから、イチイはモリガンの木なのです。
墓地のイチイの下に立つ時——
そこにモリガンの存在を感じることができるかもしれません。
カラスが一羽、枝に止まって——
あなたを見下ろしているかもしれません。
イチイの植物学

植物学的情報
学名: Taxus baccata(ヨーロッパイチイ)
科名: イチイ科イチイ属
英名: Yew, Common Yew, European Yew
別名: セイヨウイチイ
原産地: ヨーロッパ、北アフリカ、西アジア
分布: イギリス、アイルランド、ヨーロッパ全土
生育環境: 森林、墓地、教会の敷地
日本のイチイ:
- イチイ(Taxus cuspidata)
- キャラボク(Taxus cuspidata var. nana)
イチイの姿

樹高: 10〜20メートル(時に25メートル以上)
樹形: 幹は太く、しばしば複数の幹が融合したように見える。古木は中空になることが多い。
樹皮: 赤褐色、薄く剥がれる。内側は赤紫色。
寿命: 1000〜5000年(ヨーロッパ最古の生物の一つ)
成長速度: 非常に遅い。年に数ミリ程度。
葉
- 針葉樹だが、柔らかい針状の葉
- 長さ2〜3センチ、幅2〜3ミリ
- 濃い緑色、光沢がある
- 二列に並んで平面的につく
- 常緑(一年中緑)
花
- 雌雄異株(オスの木とメスの木が別)
- 3〜4月に開花
- 花は小さく目立たない
果実
- 仮種皮(かしゅひ)という特殊な構造
- 赤い肉質の「コップ」のような形
- 中に緑色の種が一つ
- 仮種皮は無毒で甘い
- 種は猛毒
- 9〜10月に熟す
名前の由来

Yew(ユー): 古英語「ēow」、さらに遡ると印欧祖語の「eiwā」(永遠、長寿の意)に由来。
イチイ(一位): 日本では、位階制で「一位」の官位の人が持つ笏(しゃく)の材料に使われたことから「一位」と呼ばれるようになった。
Taxus: ラテン語で「弓」を意味する「taxus」に由来。イチイの木で弓を作ったため。
オンコ: アイヌ語由来。北海道での呼び名。
不思議な再生
イチイの最も神秘的な特徴は——
内側から再生する能力です。
古い幹が朽ちても、内部から新しい幹が育ち——
時には、古い幹が完全に中空になっても、外側の薄い層だけで生き続けます。
まるで死んだふりをしながら、実は生き続けているかのよう。
これが、イチイが「死と再生の木」と呼ばれる理由の一つです。
戦士の弓

最強の弓
中世ヨーロッパにおいて——
イングランドの長弓は最も恐れられた武器でした。
アジンコートの戦い(1415年)で、イングランドの弓兵隊は——
数倍のフランス軍を壊滅させました。
その弓の材料が——イチイでした。
なぜイチイなのか
イチイの木は、弓の材料として完璧でした——
- 弾力性: しなやかに曲がり、強く戻る
- 強度: 折れにくく、長持ちする
- 比重: 適度な重さで、制御しやすい
- 木目: 均一で、割れにくい
特に——
イチイの辺材(外側の白い部分)と心材(内側の赤い部分)を組み合わせることで——
最高の弓が作られました。
森の枯渇
あまりにも多くのイチイが弓のために伐採されたため——
中世後期には、ヨーロッパのイチイは激減しました。
イングランドは、イチイを保護する法律を作りましたが——
既に遅く、多くの古いイチイの森が失われていました。
死の木は、戦争のために——自らも死にかけたのです。
オガムの死の文字
樹木の文字
オガム文字——ケルトの古代文字体系——では、各文字が樹木に対応していました。
そして、イチイに対応する文字は——
イダド(Ioho, Idho)
これは、オガム文字の中で——
最後の文字です。
終わりと始まり
イダドが最後の文字であることには、深い意味があります。
- イチイは死の木——人生の終わり
- しかし、イチイは再生する木——新しい始まり
- 最後の文字だが、同時に最初への回帰
オガムは循環します——
最後の文字の後には、再び最初の文字が来る。
死の後には、再生が来る。
これが、イチイ=イダドの教えです。
占いとしてのイダド
オガムの木の枝で占いをする時、もしイダド(イチイ)が出たら——
それは何を意味するのでしょうか?
変容の時。
- 古いものが終わる
- しかし新しいものが始まる
- 死——しかし象徴的な死(執着、古い自分、過去の傷)
- 再生——新しい自分、新しい可能性
イダドは、恐れるべきカードではありません。
それは、必要な終わりと、約束された始まりを告げるのです。
現代に生きるモリガンとイチイ

モリガンの復権
20世紀後半から、モリガンへの信仰が——
驚くべき形で復活しています。
ネオペイガニズム(新異教主義)、ウィッカ(現代魔女術)、ケルト復興運動——
これらの中で、モリガンは最も人気のある女神の一人となっています。
イチイの保護
ヨーロッパでは今——
古いイチイの保護運動が盛んです。
特にイギリスの「Ancient Yew Group」などの団体が——
- 樹齢1000年以上のイチイを記録
- 保護を呼びかけ
- 若いイチイの植樹を推進
しています。
なぜなら、イチイは——
- 生きた歴史(何千年もの記憶を持つ)
- 文化遺産(ケルトからキリスト教まで)
- 生態系の要(多くの生物の住処)
- 薬の源(抗がん剤の原料)
だからです。
モリガンの悲しみ
モリガンは、戦いの女神です。
しかし同時に——
すべての戦いには代償があることも知っています。
勝者も敗者も、傷を負う。
生き残った者も、失ったものを嘆く。
イチイの平和
だから、戦場にイチイが植えられるのです。
戦いが終わった後——
イチイは、平和を見守ります。
死者の魂を守り——
生者に、戦争の愚かさを思い出させ——
そして——
再生を約束するのです。
「戦いは終わった。」
「死者は安らかに眠る。」
「しかし、生命は続く。」
「新しい世代が生まれる。」
「彼らが、より賢くあることを願う。」
——イチイの葉擦れの音に、そんな声が聞こえるかもしれません。
すべては過ぎ去る
イチイの下に立つ時——
墓石を見る時——
私たちは、避けられない真実に直面します。
すべては過ぎ去る。
どんなに強く、美しく、賢くても——
いつかは、終わる。
これは、悲しいことでしょうか?
しかし、すべては続く
いいえ——それは、真実です。
そして、もう一つの真実があります——
すべては続く。
イチイが数千年生きるように——
命は、形を変えて続きます。
“Is í an Mórrígan bean an chogaidh agus na síochána”
(モリガンは、戦いの女であり、平和の女である——アイルランドの言い伝え)
カラスは鳴く——
古い墓地で、
イチイの枝に止まって。
「恐れるな。」
「すべては過ぎ去り、」
「すべては続く。」
これが、
死と再生の、
永遠の真理。
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