鳥取の海岸、白兎海岸。
波が静かに、砂浜に寄せては返します。
ここで、はるか昔、一匹の白兎が泣いていました。
皮を剥がされ、痛みに耐えられず、ただ泣いていました。
そこを通りかかった、一人の優しい神が、オオクニヌシノミコト(大国主命)です。
大きな袋を背負い、兄神たちにこき使われながらも、 傷ついた小さな命に、手を差し伸べました。
「河口へ行って、真水で体を洗いなさい」
「そして、ガマの穂を取って、その上に寝転がりなさい」
白兎は、その通りにしました。
すると──
痛みが消え、白い毛並みが、戻ってきました。
これが、日本人なら誰もが知る「因幡の白兎」の物語です。
この物語は、優しさと癒し、そしてガマの穂という植物の力が織りなす、 深く美しい神話なのです。
今回は、オオクニヌシという大地の神と、水辺に生えるガマという植物の、 癒しと希望の物語を紐解いていきます。
オオクニヌシ(大国主命)──大地の神

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プロフィール
表記: 大国主命(おおくにぬしのみこと)、大国主神、大国主大神
別名
- 大穴牟遅神(おおなむちのかみ)──因幡の白兎の時代の名前
- 葦原色許男(あしはらしこお)
- 八千矛神(やちほこのかみ)
- 宇都志国玉神(うつしくにたまのかみ)
役割・司るもの
- 国造り(葦原中国/現在の日本の礎を築く)
- 縁結び
- 医療・治癒
- 農業
- 商業
- 五穀豊穣
- 動物愛護
シンボルと容姿
オオクニヌシは、優しく力強い神として描かれます。大きな袋を背負った姿が特徴的で、これは因幡の白兎の物語に由来します。また、大黒様として親しまれ、打ち出の小槌を持ち、米俵の上に立つ姿で描かれることも多くあります。
神々の系譜
父系の祖: 須佐之男命(スサノオノミコト)の六代目の子孫
兄弟: 八十神(やそがみ)──多くの意地悪な兄神たち
最初の妻: 八上比売(ヤガミヒメ)──因幡の美しい女神
正妻: 須勢理毘売(スセリビメ)──スサノオの娘
多くの妻と子: 180以上の子をもうけたとされる
末っ子の苦労
オオクニヌシには、八十神(やそがみ)と呼ばれるほど、たくさんの兄神たちがいました。
正確な人数は分かりませんが、「八十」とは「たくさん」という意味です。
その中で、オオクニヌシは末っ子でした。
兄神たちは、意地が悪く、わがままでした。
ある日、彼らは噂を聞きました。
「因幡の国に、八上比売(ヤガミヒメ)という、とても美しい姫神がいる」
八十神たちは、すぐに決めました。
「あの姫を、妻にしよう」
そして、因幡へ向けて、旅立ちました。
しかし、彼らは自分たちで荷物を持とうとしません。
すべての荷物を、オオクニヌシに背負わせました。
重い袋、大きな袋、いくつもの袋。
オオクニヌシは、それらをすべて背負って、兄神たちの後を歩きました。
兄神たちは、先を急ぎます。
オオクニヌシは、遅れて歩きます。
誰も、振り返らず、誰も、待ってくれません。
しかし、オオクニヌシは文句を言いませんでした。
黙々と、荷物を背負い、歩き続けました。
それが、オオクニヌシの性格でした。
優しく、我慢強く、誰にでも親切な神でした。
因幡の白兎の物語
白兎の策略
気多(けた)の岬──現在の鳥取県にある、美しい海岸。
ここで、一匹の白兎が、困っていました。
この白兎は、もともと隠岐の島に住んでいました。
隠岐の島は、本土から離れた、小さな島です。
白兎は、本土に渡りたいと思っていました。
しかし、泳ぐことができません。
ある日、白兎はアイデアを思いつきました。
海には、たくさんの和邇(わに)がいました。
和邇とは、サメのこと、あるいはワニのことと言われています。
(どちらかは、今も議論が続いていますが、ここでは「ワニザメ」としましょう)
白兎は、ワニザメたちに声をかけました。
「ねえ、ワニザメさんたち!」
「私たちウサギと、あなたたちワニザメと、どっちの仲間が多いか、競争しようよ!」
ワニザメたちは、面白そうだと思いました。
「いいぜ! どうやって数えるんだ?」
「隠岐の島から、気多の岬まで、一列に並んでください」
「そしたら、私があなたたちの背中を跳んで渡りながら、数えてあげるよ!」
ワニザメたちは、その通りにしました。
隠岐の島から、気多の岬まで、ずらりと一列に並びました。
白兎は、嬉しそうに、ワニザメの背中をぴょんぴょんと跳んでいきました。
「一匹、二匹、三匹…」
そして、もうすぐ岬に着くというところで──
白兎は、つい、言ってしまいました。
「やった! 騙された! 私はただ、海を渡りたかっただけなんだよ!」
激怒したワニザメ

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ワニザメたちは、激怒しました。
「騙したな!!」
最後のワニザメが、白兎を捕まえました。
そして──
白兎の皮を、すべて剥ぎ取ってしまいました。
白兎は、裸になりました。
皮膚が剥き出しになり、血がにじみ、痛みで動けなくなりました。
海風が傷口に染み、砂が傷に入り込みます。
白兎は、泣くしかありませんでした。
意地悪な兄神たち
そこへ、八十神たちが通りかかりました。
「おや? 兎が泣いているぞ」
白兎は、必死に助けを求めました。
「お願いします! 助けてください!」
八十神たちは、面白半分に言いました。
「ああ、それなら簡単だ」「海水で体を洗って、風に当たって、山の上で寝てみな」「すぐに治るよ」
白兎は、藁にもすがる思いで、その通りにしました。
海へ行き、海水で体を洗いました。
そして、風に当たりました。
しかし──
海水が乾くにつれて、皮膚が裂けていき、痛みは、ますますひどくなりました。
八十神たちは、笑いながら去っていきました。
白兎は、絶望しました。
もう、誰も助けてくれない。
このまま、死んでしまうのかもしれない。
優しい神の登場
白兎が、泣き伏していると──
一人の神が、通りかかりました。
オオクニヌシでした。
大きな袋を背負い、 汗を流しながら、 遅れて歩いてきたオオクニヌシは、
泣いている白兎を見つけて、立ち止まりました。
「どうしたんだい?」
オオクニヌシの声は、優しかったです。
白兎は、すべてを話しました。
ワニザメを騙し、皮を剥がれたこと。
八十神に騙されて、さらにひどくなったこと。
オオクニヌシは、黙って聞いていました。
白兎を責めることなく。
白兎の失敗を笑うことなく。
ただ、優しく聞いていました。
そして、言いました。
「すぐに、河口へ行きなさい。真水で、体を洗うんだ。そして、そこに生えているガマの穂を取って、その花粉を体につけて、寝転がりなさい。そうすれば、治るよ」
ガマの穂の奇跡
白兎は、オオクニヌシの言う通りにしました。
河口へ行きました。
淡水と海水が混ざり合う、穏やかな場所。
そこで、真水で体を洗いました。
海水の塩気が落ち、痛みは楽になりました。
そして、河口の周りを見回すと──
ガマ(蒲)の穂が、たくさん生えていました。
茶色くて、ふさふさした穂。
白兎は、その穂を取りました。
そして、穂を振ると──
黄色い花粉が、ふわりと舞いました。
白兎は、その花粉を体中につけました。
そして、花粉の上に、寝転がりました。
すると──
痛みが、引いていきました。
傷が、癒えていきました。
そして、白い毛が、生えてきました。
白兎は、元の姿に戻りました。
ふわふわの白い毛並み。
元気に跳ねられる体。
完全に、治りました。
白兎の予言
白兎は、オオクニヌシに深く感謝しました。
「ありがとうございます! 命の恩人です!」
そして、こう言いました。
「八十神たちは、決してヤガミヒメと結ばれることはないでしょう」
「あの美しい姫が選ぶのは──
荷物を背負っているあなた、あなたです!」
オオクニヌシは、驚きました。
「私が? まさか…」
しかし、白兎は確信を持って言いました。
「あなたのような優しい心を持つ神こそが、選ばれるのです」
そして、白兎の予言は──
その通りになりました。
因幡に着いた八十神たちは、次々とヤガミヒメに求婚しました。
しかし、ヤガミヒメは、全員を断りました。
そして、最後に到着した、荷物を背負ったオオクニヌシを見て──
ヤガミヒメは、微笑みました。
「私が選ぶのは、あなたです」
こうして、オオクニヌシとヤガミヒメは、結ばれました。
優しさが、報われたのです。
小さな命を救った神に、大きな幸せが訪れたのです。
これが、「因幡の白兎」の物語です。
ガマ(蒲)──水辺の癒しの植物

ガマとは
ガマ(蒲)──水辺に生える、大型の多年草。
- 学名: Typha latifolia(ヒメガマなど種類によって異なる)
- 科: ガマ科
- 生育地: 池、沼、河川、湿地
- 開花期: 6月〜8月
- 特徴: 茶色いソーセージ状の穂、黄色い花粉
ガマは、日本全国の水辺に自生しています。
背丈は1〜2メートルにもなり、細長い葉が剣のように伸びます。
そして、特徴的なのが──
茶色い穂です。
まるで、ソーセージ、あるいはアメリカンドッグのような形。
ふわふわとした、柔らかそうな見た目。
この穂は、実は花です。
上の細い部分が雄花、下の太い部分が雌花。
そして、雄花の部分から──
黄色い花粉が、大量に出ます。
蒲黄(ほおう)──生薬としてのガマ
ガマの花粉は、蒲黄(ほおう)と呼ばれ、古くから生薬として使われてきました。
中国最古の薬物書『神農本草経』(紀元前200年頃)にも、蒲黄の記載があります。
効能
- 止血──出血を止める
- 鎮痛──痛みを和らげる
- 利尿──尿の出を良くする
- 外傷治療──傷口に直接つける
特に、外傷には、花粉をそのまま患部につけるという使い方がされてきました。
皮を剥がれた白兎に、蒲黄を塗布する治療法は、 実際に傷の回復を助ける効果があったと考えられています。
オオクニヌシの治療法は、迷信ではなく、実際に効く薬草の知識だったのです。
日本最古の医療行為
オオクニヌシが白兎を治療したこの行為は「日本最初の医療行為」とされています。
それ以前にも、人々は傷を治す方法を知っていたでしょう。
しかし、『古事記』という日本最古の歴史書に記された、 最も古い「診断と治療」の記録が、この因幡の白兎の物語なのです。
オオクニヌシは、こう判断しました。
- 誤った治療(海水と風)が、状態を悪化させた
- 真水で洗うことで、刺激物を除去する
- ガマの花粉(蒲黄)で、傷を癒す
この論理的な治療の流れは、まさに「医療」です。
そのため、オオクニヌシは、医療の神としても信仰されています。
ガマの穂綿

ガマの穂は、時間が経つと、茶色い皮が裂けます。
すると、中から──
白い綿のようなものが、ふわふわと出てきます。
これが*穂綿(ほわた)です。
童謡『大黒様』には、こう歌われています。
「大黒様の一日一尾で因幡の白兎」 > 「蒲の穂綿に包まれて すぐに元のきれいな肌」
この歌では、「穂綿に包まれて」と表現されています。
しかし、『古事記』の原文には──
「水門之蒲黄 敷散而(みなとのかまのはな をとりて敷き散らして)」
と記されています。
つまり、「花粉を敷き散らして」という意味。
穂綿と花粉は、時期が異なります。
花粉が出るのは、6月〜8月(初夏)。
穂綿が出るのは、秋〜冬。
因幡の白兎の物語が起きたのは、おそらく初夏だったのでしょう。
ガマの花粉が採れる季節。
オオクニヌシは、季節に合った植物を、正しく使ったのです。
ガマの他の用途
ガマは、花粉だけでなく、様々な用途に使われてきました。
葉
- むしろ(敷物)を編む
- 籠を作る
茎
- 畳の芯材
穂綿
- 布団や枕の詰め物
- 火口(ほくち)──火打ち石で火をつける時の燃えやすい素材
日本人は、古来から、ガマを生活の中で大切に使ってきました。
水辺に生えるこの植物は、人々の暮らしを支える、貴重な資源だったのです。
オオクニヌシのその後
兄神たちの嫉妬
ヤガミヒメがオオクニヌシを選んだことで──
八十神たちは、激怒しました。
「なぜ、あんな末っ子が!」
「荷物持ちのくせに!」
嫉妬と怒りに駆られた兄神たちは、オオクニヌシをなきものにしようと企みました。
因幡から戻る途中、伯耆(ほうき)の国で、兄神たちはこう言いました。
「この山に、大きな赤い猪がいる」
「俺たちが山から追い立てるから、お前は下で捕まえろ」
「もし逃したなら、命はないものと思え。」
オオクニヌシは、山の麓で待ちました。
やがて、山の上から、大きな赤いものが転がり落ちてきました。
「猪だ!」
オオクニヌシは、それを抱きかかえようとしました。
しかし、それは猪ではありませんでした。
真っ赤に焼けた、巨大な岩でした。
オオクニヌシは、大火傷を負い──
息絶えてしまいました。
母の愛と復活
オオクニヌシの母、刺国若比売(サシクニワカヒメ)は、息子の死を知って悲しみました。
そして、高天原の神産巣日神(カミムスビノカミ)に助けを求めました。
カミムスビノカミは、二柱の女神を遣わしました。
蚶貝比売(キサガイヒメ)──赤貝の女神
蛤貝比売(ウムギヒメ)──蛤の女神
二柱の女神は、オオクニヌシを治療しました。
赤貝と蛤の貝殻を削って粉にし、それを塗りました。
すると──
オオクニヌシは、蘇りました。
元通りの、元気な体になりました。
再び、命を得たのです。
こうして、オオクニヌシは何度も試練を乗り越え、 やがて葦原中国(あしはらのなかつくに)──日本の国土を統治する、偉大な神となっていきます。
縁結びの神
オオクニヌシは、その後、多くの女神と結ばれました。
180柱以上の子をもうけたとも言われています。
なぜ、こんなにも多くの女神と結ばれたのでしょうか。
それは、オオクニヌシが各地を旅して、国を作っていったからです。
訪れた土地の女神と結ばれることで、 その土地との「縁」を結び、 人々との「縁」を深めていきました。
こうして、オオクニヌシは──
縁結びの神として、信仰されるようになりました。
恋愛の縁だけでなく、 仕事の縁、人との縁、土地との縁──
あらゆる「縁」を結ぶ神として。
出雲大社に祀られるオオクニヌシは、 今も多くの人々が「縁結び」を願って参拝する、 日本を代表する神様の一人です。
白兎神社──兎神を祀る

鳥取県の白兎海岸
鳥取県鳥取市に、白兎海岸(はくとかいがん)があります。
美しい砂浜と、透き通った海。
ここが、因幡の白兎の物語の舞台です。
海岸のすぐそばに、白兎神社(はくとじんじゃ)があります。
ここに祀られているのは──
白兎神(はくとしん)。
因幡の白兎その兎が、神として祀られているのです。
縁結びと皮膚病平癒

白兎神社は、縁結びの神社として有名です。
また、白兎神社は皮膚病平癒の信仰もあります。
白兎が皮を剥がれて苦しんだこと、 そしてガマの穂で癒されたことから、 皮膚の病気に効くとされています。
神社の白兎たち
白兎神社の境内には、たくさんの白兎の像があります。
石でできた兎、陶器の兎、様々な兎。
参拝者が奉納した兎たちです。
そして、神社の参道には──
ガマ(蒲)の穂が、今も生えています。
神話の植物が、今も、そこにあるのです。
ガマの穂に包まれて
ガマの穂は、今も日本中の水辺に生えています。
池のほとり、川の岸、湿地──
どこにでもある、ありふれた植物です。
しかし、その穂の中には、 癒しの力が宿っています。
黄色い花粉が、傷を癒します。
白い穂綿が、柔らかく包みます。
現代では、ガマの花粉を使うことは少なくなりました。
しかし、その知恵は、今も語り継がれています。
自然の中に、癒しがある、ということ。
植物が、私たちを助けてくれる、ということ。
まとめ:優しさと癒しの神話
因幡の白兎の物語は、 優しさ、癒し、希望の物語です。
騙され、傷つき、絶望していた白兎。
しかし、一人の優しい神が、手を差し伸べました。
ガマの穂という、自然の恵みで、癒しました。
オオクニヌシは、力が強かったわけではありません。
地位が高かったわけでもありません。
ただ、優しかっただけです。
ただ、知識があっただけです。
ただ、立ち止まっただけです。
しかし、それが──
白兎の命を救いました。
自分の人生を変えました。
そして、国を作る神となりました。
白兎海岸の波は、今日も静かに寄せています。
優しさは、今も、そこにあります。
癒しは、今も、そこにあります。
オオクニヌシの心は、今も、そこにあります。
神話の旅は、まだ続きます
優しさの向こうへ、次はどの物語へ──
日本の神々と、彼らが愛した植物たちが、あなたを待っています。
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神話は、終わらない。
優しさは、語り継がれる。
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