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オオクニヌシと因幡の白兎 – 大地の神とガマの穂の癒しの物語

オオクニヌシと因幡の白兎 – 大地の神とガマの穂の癒しの物語 アイキャッチ 神々と花 日本神話編

鳥取の海岸、白兎海岸。

波が静かに、砂浜に寄せては返します。

ここで、はるか昔、一匹の白兎が泣いていました。

皮を剥がされ、痛みに耐えられず、ただ泣いていました。


そこを通りかかった、一人の優しい神が、オオクニヌシノミコト(大国主命)です。

大きな袋を背負い、兄神たちにこき使われながらも、 傷ついた小さな命に、手を差し伸べました。

「河口へ行って、真水で体を洗いなさい」

「そして、ガマの穂を取って、その上に寝転がりなさい」


白兎は、その通りにしました。

すると──

痛みが消え白い毛並みが、戻ってきました。


これが、日本人なら誰もが知る「因幡の白兎」の物語です。

この物語は、優しさ癒し、そしてガマの穂という植物の力が織りなす、 深く美しい神話なのです。

今回は、オオクニヌシという大地の神と、水辺に生えるガマという植物の、 癒しと希望の物語を紐解いていきます。


オオクニヌシ(大国主命)──大地の神

オオクニヌシ(大国主命)──大地の神
大国主と兎
Wikimedia Commons

プロフィール

表記: 大国主命(おおくにぬしのみこと)、大国主神、大国主大神

別名

  • 大穴牟遅神(おおなむちのかみ)──因幡の白兎の時代の名前
  • 葦原色許男(あしはらしこお)
  • 八千矛神(やちほこのかみ)
  • 宇都志国玉神(うつしくにたまのかみ)

役割・司るもの

  • 国造り(葦原中国/現在の日本の礎を築く)
  • 縁結び
  • 医療・治癒
  • 農業
  • 商業
  • 五穀豊穣
  • 動物愛護

シンボルと容姿

オオクニヌシは、優しく力強い神として描かれます。大きな袋を背負った姿が特徴的で、これは因幡の白兎の物語に由来します。また、大黒様として親しまれ、打ち出の小槌を持ち、米俵の上に立つ姿で描かれることも多くあります。

神々の系譜

父系の祖: 須佐之男命(スサノオノミコト)の六代目の子孫

兄弟: 八十神(やそがみ)──多くの意地悪な兄神たち

最初の妻: 八上比売(ヤガミヒメ)──因幡の美しい女神

正妻: 須勢理毘売(スセリビメ)──スサノオの娘

多くの妻と子: 180以上の子をもうけたとされる

末っ子の苦労

オオクニヌシには、八十神(やそがみ)と呼ばれるほど、たくさんの兄神たちがいました。

正確な人数は分かりませんが、「八十」とは「たくさん」という意味です。

その中で、オオクニヌシは末っ子でした。


兄神たちは、意地が悪く、わがままでした。

ある日、彼らは噂を聞きました。

「因幡の国に、八上比売(ヤガミヒメ)という、とても美しい姫神がいる」

八十神たちは、すぐに決めました。

「あの姫を、妻にしよう」

そして、因幡へ向けて、旅立ちました。


しかし、彼らは自分たちで荷物を持とうとしません。

すべての荷物を、オオクニヌシに背負わせました。

重い袋、大きな袋、いくつもの袋。

オオクニヌシは、それらをすべて背負って、兄神たちの後を歩きました。


兄神たちは、先を急ぎます。

オオクニヌシは、遅れて歩きます。

誰も、振り返らず、誰も、待ってくれません。


しかし、オオクニヌシは文句を言いませんでした。

黙々と、荷物を背負い、歩き続けました。

それが、オオクニヌシの性格でした。

優しく、我慢強く、誰にでも親切な神でした。

因幡の白兎の物語

白兎の策略

気多(けた)の岬──現在の鳥取県にある、美しい海岸。

ここで、一匹の白兎が、困っていました。


この白兎は、もともと隠岐の島に住んでいました。

隠岐の島は、本土から離れた、小さな島です。

白兎は、本土に渡りたいと思っていました。

しかし、泳ぐことができません。


ある日、白兎はアイデアを思いつきました。

海には、たくさんの和邇(わに)がいました。

和邇とは、サメのこと、あるいはワニのことと言われています。

(どちらかは、今も議論が続いていますが、ここでは「ワニザメ」としましょう)


白兎は、ワニザメたちに声をかけました。

「ねえ、ワニザメさんたち!」

「私たちウサギと、あなたたちワニザメと、どっちの仲間が多いか、競争しようよ!」

ワニザメたちは、面白そうだと思いました。

「いいぜ! どうやって数えるんだ?」

「隠岐の島から、気多の岬まで、一列に並んでください」

「そしたら、私があなたたちの背中を跳んで渡りながら、数えてあげるよ!」


ワニザメたちは、その通りにしました。

隠岐の島から、気多の岬まで、ずらりと一列に並びました。

白兎は、嬉しそうに、ワニザメの背中をぴょんぴょんと跳んでいきました。

「一匹、二匹、三匹…」


そして、もうすぐ岬に着くというところで──

白兎は、つい、言ってしまいました。

「やった! 騙された! 私はただ、海を渡りたかっただけなんだよ!」

激怒したワニザメ

激怒したワニザメ
皮を剥ぎ取られる兎
Wikimedia Common

ワニザメたちは、激怒しました。

「騙したな!!」

最後のワニザメが、白兎を捕まえました。

そして──

白兎の皮を、すべて剥ぎ取ってしまいました。


白兎は、裸になりました。

皮膚が剥き出しになり、血がにじみ、痛みで動けなくなりました。

海風が傷口に染み、砂が傷に入り込みます。

白兎は、泣くしかありませんでした。

意地悪な兄神たち

そこへ、八十神たちが通りかかりました。

「おや? 兎が泣いているぞ」

白兎は、必死に助けを求めました。

「お願いします! 助けてください!」

八十神たちは、面白半分に言いました。

「ああ、それなら簡単だ」「海水で体を洗って、風に当たって、山の上で寝てみな」「すぐに治るよ」


白兎は、藁にもすがる思いで、その通りにしました。

海へ行き、海水で体を洗いました。

そして、風に当たりました。

しかし──

海水が乾くにつれて、皮膚が裂けていき、痛みは、ますますひどくなりました。


八十神たちは、笑いながら去っていきました。

白兎は、絶望しました。

もう、誰も助けてくれない。

このまま、死んでしまうのかもしれない。

優しい神の登場

白兎が、泣き伏していると──

一人の神が、通りかかりました。

オオクニヌシでした。


大きな袋を背負い、 汗を流しながら、 遅れて歩いてきたオオクニヌシは、

泣いている白兎を見つけて、立ち止まりました。


「どうしたんだい?」

オオクニヌシの声は、優しかったです。

白兎は、すべてを話しました。

ワニザメを騙し、皮を剥がれたこと。

八十神に騙されて、さらにひどくなったこと。


オオクニヌシは、黙って聞いていました。

白兎を責めることなく。

白兎の失敗を笑うことなく。

ただ、優しく聞いていました。


そして、言いました。

「すぐに、河口へ行きなさい。真水で、体を洗うんだ。そして、そこに生えているガマの穂を取って、その花粉を体につけて、寝転がりなさい。そうすれば、治るよ」

ガマの穂の奇跡

白兎は、オオクニヌシの言う通りにしました。


河口へ行きました。

淡水と海水が混ざり合う、穏やかな場所。

そこで、真水で体を洗いました。

海水の塩気が落ち、痛みは楽になりました。


そして、河口の周りを見回すと──

ガマ(蒲)の穂が、たくさん生えていました。

茶色くて、ふさふさした穂。

白兎は、その穂を取りました。

そして、穂を振ると──

黄色い花粉が、ふわりと舞いました。


白兎は、その花粉を体中につけました。

そして、花粉の上に、寝転がりました。


すると──

痛みが、引いていきました。

傷が、癒えていきました。

そして、白い毛が、生えてきました。


白兎は、元の姿に戻りました。

ふわふわの白い毛並み。

元気に跳ねられる体。

完全に、治りました。

白兎の予言

白兎は、オオクニヌシに深く感謝しました。

「ありがとうございます! 命の恩人です!」

そして、こう言いました。


「八十神たちは、決してヤガミヒメと結ばれることはないでしょう」

「あの美しい姫が選ぶのは──

荷物を背負っているあなた、あなたです!」


オオクニヌシは、驚きました。

「私が? まさか…」

しかし、白兎は確信を持って言いました。

「あなたのような優しい心を持つ神こそが、選ばれるのです」


そして、白兎の予言は──

その通りになりました。


因幡に着いた八十神たちは、次々とヤガミヒメに求婚しました。

しかし、ヤガミヒメは、全員を断りました。

そして、最後に到着した、荷物を背負ったオオクニヌシを見て──

ヤガミヒメは、微笑みました。

「私が選ぶのは、あなたです」


こうして、オオクニヌシとヤガミヒメは、結ばれました。

優しさが、報われたのです。

小さな命を救った神に、大きな幸せが訪れたのです。

これが、「因幡の白兎」の物語です。

ガマ(蒲)──水辺の癒しの植物

ガマ(蒲)──水辺の癒しの植物

ガマとは

ガマ(蒲)──水辺に生える、大型の多年草。

  • 学名: Typha latifolia(ヒメガマなど種類によって異なる)
  • : ガマ科
  • 生育地: 池、沼、河川、湿地
  • 開花期: 6月〜8月
  • 特徴: 茶色いソーセージ状の穂、黄色い花粉

ガマは、日本全国の水辺に自生しています。

背丈は1〜2メートルにもなり、細長い葉が剣のように伸びます。

そして、特徴的なのが──

茶色い穂です。

まるで、ソーセージ、あるいはアメリカンドッグのような形。

ふわふわとした、柔らかそうな見た目。


この穂は、実はです。

上の細い部分が雄花、下の太い部分が雌花。

そして、雄花の部分から──

黄色い花粉が、大量に出ます。

蒲黄(ほおう)──生薬としてのガマ

ガマの花粉は、蒲黄(ほおう)と呼ばれ、古くから生薬として使われてきました。


中国最古の薬物書『神農本草経』(紀元前200年頃)にも、蒲黄の記載があります。

効能

  • 止血──出血を止める
  • 鎮痛──痛みを和らげる
  • 利尿──尿の出を良くする
  • 外傷治療──傷口に直接つける

特に、外傷には、花粉をそのまま患部につけるという使い方がされてきました。

皮を剥がれた白兎に、蒲黄を塗布する治療法は、 実際に傷の回復を助ける効果があったと考えられています。


オオクニヌシの治療法は、迷信ではなく、実際に効く薬草の知識だったのです。

日本最古の医療行為

オオクニヌシが白兎を治療したこの行為は「日本最初の医療行為」とされています。


それ以前にも、人々は傷を治す方法を知っていたでしょう。

しかし、『古事記』という日本最古の歴史書に記された、 最も古い「診断と治療」の記録が、この因幡の白兎の物語なのです。


オオクニヌシは、こう判断しました。

  1. 誤った治療(海水と風)が、状態を悪化させた
  2. 真水で洗うことで、刺激物を除去する
  3. ガマの花粉(蒲黄)で、傷を癒す

この論理的な治療の流れは、まさに「医療」です。


そのため、オオクニヌシは、医療の神としても信仰されています。

ガマの穂綿

ガマの穂は、時間が経つと、茶色い皮が裂けます。

すると、中から──

白い綿のようなものが、ふわふわと出てきます。

これが*穂綿(ほわた)です。


童謡『大黒様』には、こう歌われています。

「大黒様の一日一尾で因幡の白兎」 > 「蒲の穂綿に包まれて すぐに元のきれいな肌」

この歌では、「穂綿に包まれて」と表現されています。


しかし、『古事記』の原文には──

「水門之蒲黄 敷散而(みなとのかまのはな をとりて敷き散らして)」

と記されています。

つまり、「花粉を敷き散らして」という意味。


穂綿と花粉は、時期が異なります。

花粉が出るのは、6月〜8月(初夏)。

穂綿が出るのは、秋〜冬。


因幡の白兎の物語が起きたのは、おそらく初夏だったのでしょう。

ガマの花粉が採れる季節。

オオクニヌシは、季節に合った植物を、正しく使ったのです。

ガマの他の用途

ガマは、花粉だけでなく、様々な用途に使われてきました。


  • むしろ(敷物)を編む
  • 籠を作る

  • 畳の芯材

穂綿

  • 布団や枕の詰め物
  • 火口(ほくち)──火打ち石で火をつける時の燃えやすい素材

日本人は、古来から、ガマを生活の中で大切に使ってきました。

水辺に生えるこの植物は、人々の暮らしを支える、貴重な資源だったのです。

オオクニヌシのその後

兄神たちの嫉妬

ヤガミヒメがオオクニヌシを選んだことで──

八十神たちは、激怒しました。


「なぜ、あんな末っ子が!」

「荷物持ちのくせに!」

嫉妬と怒りに駆られた兄神たちは、オオクニヌシをなきものにしようと企みました。


因幡から戻る途中、伯耆(ほうき)の国で、兄神たちはこう言いました。

「この山に、大きな赤い猪がいる」

「俺たちが山から追い立てるから、お前は下で捕まえろ」

「もし逃したなら、命はないものと思え。」


オオクニヌシは、山の麓で待ちました。

やがて、山の上から、大きな赤いものが転がり落ちてきました。

「猪だ!」

オオクニヌシは、それを抱きかかえようとしました。


しかし、それは猪ではありませんでした。

真っ赤に焼けた、巨大な岩でした。


オオクニヌシは、大火傷を負い──

息絶えてしまいました。

母の愛と復活

オオクニヌシの母、刺国若比売(サシクニワカヒメ)は、息子の死を知って悲しみました。

そして、高天原の神産巣日神(カミムスビノカミ)に助けを求めました。


カミムスビノカミは、二柱の女神を遣わしました。

蚶貝比売(キサガイヒメ)──赤貝の女神

蛤貝比売(ウムギヒメ)──蛤の女神


二柱の女神は、オオクニヌシを治療しました。

赤貝と蛤の貝殻を削って粉にし、それを塗りました。

すると──

オオクニヌシは、蘇りました。

元通りの、元気な体になりました。

再び、命を得たのです。


こうして、オオクニヌシは何度も試練を乗り越え、 やがて葦原中国(あしはらのなかつくに)──日本の国土を統治する、偉大な神となっていきます。

縁結びの神

オオクニヌシは、その後、多くの女神と結ばれました。

180柱以上の子をもうけたとも言われています。


なぜ、こんなにも多くの女神と結ばれたのでしょうか。

それは、オオクニヌシが各地を旅して、国を作っていったからです。

訪れた土地の女神と結ばれることで、 その土地との「縁」を結び、 人々との「縁」を深めていきました。


こうして、オオクニヌシは──

縁結びの神として、信仰されるようになりました。

恋愛の縁だけでなく、 仕事の縁、人との縁、土地との縁──

あらゆる「縁」を結ぶ神として。


出雲大社に祀られるオオクニヌシは、 今も多くの人々が「縁結び」を願って参拝する、 日本を代表する神様の一人です。

白兎神社──兎神を祀る

鳥取県の白兎海岸

鳥取県鳥取市に、白兎海岸(はくとかいがん)があります。

美しい砂浜と、透き通った海。

ここが、因幡の白兎の物語の舞台です。


海岸のすぐそばに、白兎神社(はくとじんじゃ)があります。

ここに祀られているのは──

白兎神(はくとしん)

因幡の白兎その兎が、神として祀られているのです。

縁結びと皮膚病平癒

白兎神社は、縁結びの神社として有名です。


また、白兎神社は皮膚病平癒の信仰もあります。

白兎が皮を剥がれて苦しんだこと、 そしてガマの穂で癒されたことから、 皮膚の病気に効くとされています。

神社の白兎たち

白兎神社の境内には、たくさんの白兎の像があります。

石でできた兎、陶器の兎、様々な兎。

参拝者が奉納した兎たちです。


そして、神社の参道には──

ガマ(蒲)の穂が、今も生えています。

神話の植物が、今も、そこにあるのです。

ガマの穂に包まれて

ガマの穂は、今も日本中の水辺に生えています。

池のほとり、川の岸、湿地──

どこにでもある、ありふれた植物です。


しかし、その穂の中には、 癒しの力が宿っています。

黄色い花粉が、傷を癒します。

白い穂綿が、柔らかく包みます。


現代では、ガマの花粉を使うことは少なくなりました。

しかし、その知恵は、今も語り継がれています。

自然の中に、癒しがある、ということ。

植物が、私たちを助けてくれる、ということ。


まとめ:優しさと癒しの神話

因幡の白兎の物語は、 優しさ癒し希望の物語です。


騙され、傷つき、絶望していた白兎。

しかし、一人の優しい神が、手を差し伸べました。

ガマの穂という、自然の恵みで、癒しました。


オオクニヌシは、力が強かったわけではありません。

地位が高かったわけでもありません。

ただ、優しかっただけです。

ただ、知識があっただけです。

ただ、立ち止まっただけです。


しかし、それが──

白兎の命を救いました。

自分の人生を変えました。

そして、国を作る神となりました。


白兎海岸の波は、今日も静かに寄せています。

優しさは、今も、そこにあります。

癒しは、今も、そこにあります。

オオクニヌシの心は、今も、そこにあります。


神話の旅は、まだ続きます

優しさの向こうへ、次はどの物語へ──

日本の神々と、彼らが愛した植物たちが、あなたを待っています。


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神話は、終わらない。

優しさは、語り継がれる。

次の物語で、またお会いしましょう。

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