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パッションフラワー(トケイソウ)の神話と花言葉|宣教師が「受難の花」に見た、十字架の記憶

パッションフラワー(トケイソウ)の神話と花言葉|宣教師が「受難の花」に見たキリストの記憶 アイキャッチ 植物図鑑

南米の熱帯の森に咲くこの花を初めて目にしたとき、16世紀のスペインの宣教師たちは息をのんだといいます。放射状に広がる糸状の冠、三本の柱頭、五本の葯(やく)——その複雑で神秘的な構造に、彼らはイエス・キリストが受けた苦難のすべてを読み取ったのです。

「神が、私たちの布教のために、この地にしるしを刻んでくださった」

その確信が、この花に「パッション(受難)フラワー」という名をもたらしました。情熱の花ではなく、受難の花として。一輪の花が、信仰の記録そのものになった瞬間です。


この記事でわかること✓ パッションフラワー(トケイソウ)の基本情報・植物解説✓ 「Passion」が「情熱」ではなく「受難」を意味する理由✓ イエズス会宣教師による命名の歴史と、ジャコモ・ボジオの記録✓ 花の各部位が象徴するキリストの受難の意味✓ アステカ・インカの先住民族が伝えた植物の記憶✓ 南米に伝わる「夢のお告げ」の伝説✓ 花言葉とその由来


パッションフラワー(トケイソウ)基本情報

項目内容
学名Passiflora caerulea(観賞用代表種)/ Passiflora edulis(パッションフルーツ)
英名Passion flower
和名トケイソウ(時計草)
別名パッションフラワー・ボロンカズラ(梵論葛)
科・属名トケイソウ科(Passifloraceae)トケイソウ属(Passiflora
原産地中央アメリカ・南アメリカの熱帯〜亜熱帯域
開花期5月〜10月(種により異なる)
分類常緑つる性低木(多年草)
特徴一日花。複雑な構造をもつ大輪の花。約500種が存在

「トケイソウ」という和名の由来

日本語の「時計草」という名前は、花の姿そのものに由来しています。放射状に並んだ花びらが文字盤に、そして三本に分岐した雌しべが時計の長針・短針・秒針のように見えることから、この名がつけられました。

一方、英語の「Passion flower」の「passion(パッション)」は、日本語で「情熱」と訳されることが多い言葉ですが、この花の名における「passion」の意味は「情熱(passion)」ではなく、「受難(Passion of Christ)」です。ラテン語で「苦しみ・受難」を意味する passio に由来しており、キリストが十字架にかけられた出来事――「キリストの受難(Passion of Christ)」――を指しています。


植物としてのパッションフラワー

パッションフラワーはトケイソウ科のつる性植物で、現在約500種が確認されています。中央・南アメリカの熱帯から亜熱帯が原産地ですが、今日では世界中で観賞用に栽培されています。

つるを伸ばして他の植物や構造物に絡みつきながら成長し、花は一日花として知られています。咲いた花はその日のうちに閉じてしまいますが、開花期の長さと次々と咲く豊かさで、夏の庭を彩ります。

果実を食用とする種「クダモノトケイソウ(Passiflora edulis)」は「パッションフルーツ」として広く親しまれています。その「パッションフルーツ」という名前もまた、花と同じく「受難の果実」の意味を持っています。

また、先住民族が古来から鎮静・安眠のための薬草として使ってきた歴史があり、現在もハーブ医学の分野で注目されています。ただし抗不安薬や鎮静剤との相互作用が知られており、使用には注意が必要です。


先住民族の記憶――アステカ・インカの「蔓の植物」

スペインの宣教師たちが「受難の花」という意味を見出す何世紀も前から、この植物は南米の先住民族にとって重要な存在でした。

インカ族をはじめとする南米の先住民族がパッションフルーツを食料として栽培していたことは、歴史的な記録から確認されています。また、アステカ族が鎮静・解熱・痛みの緩和にこの植物を薬草として使っていたことも、民族植物学の資料に残されています。

さらに、あの放射状に広がる神秘的な花びらは、太陽を信仰していたインカやマヤ、アステカの人々にとって「大いなる太陽の象徴」だったとも伝えられています。

異国からやってきた宣教師たちがその花の中に「十字架の記憶」を重ね合わせたのに対し、大地に生きていた先住民族は、眩いばかりの「太陽の輝き」を見つめていたのかもしれません。


「受難の花」の誕生――宣教師たちの目撃と、ローマへの報告

1569年、スペインの医師ニコラス・モナルデスが新大陸からもたらされたこの植物を記録し、ヨーロッパに紹介しました。その後、スペインのイエズス会士たちが正式に、教皇パウルス5世に対してペルーで発見したこの花の絵と乾燥標本を献上します。

ローマでこれを受け取ったのが、キリストの受難に関する著作を執筆中だった聖職者・歴史家のジャコモ・ボジオ(Giacomo Bosio)でした。1609年、ボジオはこの花の象徴的意味を論文に記し、「キリストの五つの傷の花(Flor de las cinco Llagas)」として世界に広めました。

宣教師たちがこの花をキリスト教布教の「教材」として積極的に活用したことも確かめられています。


南米の「夢のお告げ」伝説

ジャコモ・ボジオが記録した歴史的な事実とは別に、こんな伝説も南米の地に伝わっています。

1620年代、ペルーに派遣されたイエズス会の司祭がある夜、夢を見ました。夢の中で、一輪の美しい花の各部位が光を放ちながら、それぞれの意味を語りかけてきたのです。目を覚ました司祭は翌朝、夢の中の花がまさに自分が布教の旅で目にしていた蔓性の植物の花であることに気づきました。

「神が、この地の花を通じて、キリストの受難を伝えよとのお告げをくださった」

その確信をもとに、司祭はこの植物の花の構造と受難の対応関係を記録し、インカの人々への布教に用いたといいます。同様の伝説はメキシコのアウグスティノ会の修道士にまつわる話としても伝えられており、「花に宿るお告げ」の物語は複数の地域に広まりました。


一輪に宿る受難の記憶――花の各部位の象徴

花の部位象徴する意味
花弁(5枚)+萼(5枚)=計10枚裏切り者のユダと、イエスを否定したペテロを除く10人の使徒
放射状の冠糸(コロナ・フィラメント)約72本茨の冠(棘の数を72本と伝えた資料に基づく)
雌しべの花柱(スタイル)3本磔刑に使われた3本の釘
雄しべの葯(アンサー)5本キリストが受けた5つの傷(両手・両足・脇腹)
巻きひげ(テンドリル)むち打ちに使われたムチ・縄
葉(5裂した先端)槍(ロンギヌスの槍)
中央の花柱(ピラー)キリストが縛られた柱
紫色の花色四旬節(レント)の典礼色
果実(丸い実)キリストが救いに来た世界

花言葉と象徴

パッションフラワーの花言葉には、その神学的・歴史的な背景がそのまま宿っています。

言語花言葉
日本語聖なる愛・信じる心・受難・宗教的熱情
英語Holy love / Faith / Religious superstition

「聖なる愛」「信仰」という花言葉は、愛の喜びではなく、愛の受難から生まれた言葉です。自分を犠牲にして誰かのために命を差し出すという、最も深い次元の愛のかたちをこの花は象徴しています。


まとめ――花の中に宿る、二つの世界の物語

パッションフラワーという一輪の花の中には、実は二つの世界の物語が重なっています。

ひとつは、アステカやインカの人々が見た「太陽の輝き」と「癒しの植物」としての記憶。もうひとつは、はるばる新大陸に渡った宣教師たちが見た「十字架の証し」としての記憶。どちらも、この花の複雑で美しい構造に何かを感じずにはいられなかったという点では同じです。

「パッション(受難)」という名を持ちながら、この花は毎夏、何事もなかったかのように次々と新しい花を咲かせます。一日だけ咲いて閉じる一日花でありながら、翌朝には新しい一輪がまた開く。その繰り返しの中に、受難の先にある再生と希望が静かに宿っているのかもしれません。

「受難(Passion)」と呼ばれながら、その花が問いかけるのは苦しみではなく——愛のために何を引き受けられるか、という問いなのかもしれません。