PR

【日本神話】玉依姫(タマヨリヒメ)と双葉葵 — 神霊の依り代となった巫女神と、水辺に宿る聖なる葉

【日本神話】玉依姫(タマヨリヒメ)と双葉葵 — 神霊の依り代となった巫女神と、水辺に宿る聖なる葉 アイキャッチ 日本神話編

水辺に静かに佇む女神がいます。神の霊を静かに宿し、命をつなぎ、次の時代へと橋渡しをする——。

玉依姫(タマヨリヒメ)は、そのような女神です。古事記・日本書紀において神武天皇の母として記されながら、その本質は「神霊の依り代となる巫女」という、古代日本における最も聖なる役割を担う存在でした。

千年の杜、糺の森(ただすのもり)。その木漏れ日の中に、今もひっそりと双葉葵が葉を広げています。二枚のハート形の葉が寄り添うように並ぶ、小さくて清らかな植物——それが、玉依姫の聖なる草です。


この記事でわかること

  • 玉依姫とは何者か(古事記・日本書紀での位置づけ)
  • 「タマヨリヒメ」という名前に秘められた意味
  • 日向神話——神武天皇誕生までの物語
  • 賀茂神話——川を流れた丹塗矢と、もう一人の玉依姫
  • 双葉葵と下鴨神社の深い関係
  • 葵祭と「あふひ」という言葉の象徴性

神様のプロフィール

『神仏図会』より玉依姫(タマヨリヒメ)
パブリックドメイン via Wikimedia Commons
表記玉依毘売命(古事記)/玉依姫命(日本書紀)
読みたまよりひめのみこと
別名玉依毘売・玉依日売・賀茂玉依姫
役割巫女神・水の神・縁結び・安産・美麗の神
家族父:綿津見神(海神)、姉:豊玉姫命、夫:鸕鶿草葺不合命
神武天皇(第四子)ほか三柱
聖なる植物双葉葵(フタバアオイ)
主な祭祀社下鴨神社(京都)・河合神社(下鴨神社摂社)・宮崎神宮

「タマヨリヒメ」という名前の意味

玉依姫という名前を、一語ずつ解きほぐすと、そこに深い意味が現れます。

「タマ(玉)」——魂、神霊。目には見えない神聖な力そのもの。

「ヨリ(依)」——依り代。神霊が降りてくる場所、宿る器。

「ヒメ(姫)」——女性、乙女。

つなげると、「神霊の降りる乙女」——すなわち、神に仕える巫女のことです。

注目すべきは、「タマヨリヒメ」が特定の一柱の神の固有名詞であると同時に、神霊を宿す力を持つ女性の類型名でもあったことです。古事記・日本書紀には、日向神話と賀茂神話に、異なる系譜を持つ「タマヨリヒメ」が登場します。二人の玉依姫——それぞれの物語を、順にひもといていきましょう。


日向神話:神武天皇の母となった玉依姫

海神の娘として水辺に生きた女神・玉依姫を描いた作品。アムステルダム国立美術館(Rijksmuseum)蔵
パブリックドメイン via Wikimedia Commons

海の宮殿から生まれた物語

話は、海の神の宮殿(わたつみのみや)から始まります。

山幸彦(ホオリノミコト)が失った釣り針を求めて海の底へと降り、そこで出会ったのが、綿津見神の娘・豊玉姫でした。二人は結ばれ、やがて子を宿した豊玉姫は、出産のために地上へと戻ります。

「絶対に産屋の中を覗かないで」

そう願い出た豊玉姫でしたが、山幸彦はその約束を破ってしまいます。鵜の巣の茅(かや)を葺き終わらないまま生まれたことから、「鸕鶿草葺不合命(ウガヤフキアエズのミコト)」と名付けられた子——その出産の瞬間、豊玉姫は大きなワニ(古代の龍神)の姿に変じていました。

本来の姿を見られた豊玉姫は、深く傷つき、海の国へと帰っていきます。しかし、母のいなくなった幼子を置いてはおけない。そこで豊玉姫が地上に残した者がいました。

妹の、玉依姫です。

育ての母から、妻へ

音川安親『鸕鶿草葺不合命(ウガヤフキアエズノミコト)』
国立国会図書館蔵・パブリックドメイン

玉依姫は、姉の子であるウガヤフキアエズを育てました。

波の音を子守唄に、海の神の血を引く御子の成長を見守り続けた年月。やがて二人は結ばれ、夫婦となります。「育ての母」から「妻」へ——現代の感覚からすれば驚くべき転換ですが、神話においてはこれは「神聖な血統を守り、絶やさずつなぐための婚姻」として描かれています。

二人の間には四柱の御子が生まれます。

彦五瀬命(ヒコイツセノミコト)、稲飯命(イナイノミコト)、三毛入野命(ミケイリノミコト)——そして末子、神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレビコノミコト)。

この末子こそが、後に東征を経て初代天皇として即位する、神武天皇です。

月岡芳年『大日本名將鑑』神武天皇(1876-1882年)
東京都立図書館蔵・パブリックドメイン

古事記の神話篇(上巻)は、この神武天皇の誕生をもって幕を閉じます。玉依姫は、神話の壮大な物語の最後の章に静かに登場し、日本という国の礎となる命を産み、その役割を果たしました。

神武天皇が玉依姫の第何子かについて、古事記では「第四子」、日本書紀の本文も同様ですが、一書(異伝)によっては「第三子」「第二子」とする記述も存在します。


賀茂神話:川を流れた丹塗矢と、もう一人の玉依姫

日向神話とは別に、京都の賀茂神社には、もう一人の「玉依姫」の物語が伝わっています。

川辺の不思議

ある春の日のこと。賀茂建角身命(カモタケツヌミノミコト)の娘、玉依日売(タマヨリヒメ)は、石川の瀬見の小川(現在の鴨川上流)で水遊びをしていました。

川面はきらきらと光り、水の音が心地よく響く、静かな一日でした。

そのとき、川上からひとつの矢が流れてきます。

朱塗りの、美しい矢——丹塗矢(にぬりや)。

玉依姫はそれを持ち帰り、床の近くに置きました。すると不思議なことに、やがて身ごもり、男の子を産んだのです。

父は誰か——酒宴の謎解き

子は成長し、立派な若者になりました。外祖父の建角身命は盛大な宴を開き、八百万の神々を招いて七日七夜の祝宴を催します。そしてある問いを投げかけました。

「汝の父と思う者に、この酒を飲ませなさい」

すると若者は盃を手に取り、天に向かって高く掲げ——屋根の甍を突き破って、天へと昇っていきました。

その名は、賀茂別雷命(カモワケイカヅチノミコト)。父の名は雷神(火雷神)——丹塗矢は、神霊が姿を変えたものだったのです。

この賀茂別雷命は、現在の上賀茂神社の祭神として祀られています。そして玉依姫とその父・建角身命は、下鴨神社(賀茂御祖神社)の御祭神として、今日も京都の地に鎮座します。

大切なポイント: 賀茂神話の玉依姫は、日向神話(海神の娘)の玉依姫とは別の系譜を持つ別人物です。同じ「タマヨリヒメ」という名が二系統に存在するのは、それが「神霊の依り代となる巫女」という普遍的な神格の呼び名であったことを示しています。


聖なる植物:双葉葵(フタバアオイ)

植物としての双葉葵

双葉葵はウマノスズクサ科の多年草で、山地の木陰に生える日本の固有種です。根茎は地を這い、先端に2枚のハート形の葉をつけます。

開花時期は春(3〜5月頃)。直径1〜2cmほどの赤褐色から紫褐色の小さな花を、地面に近い位置に、うつむくように咲かせます。

草丈は10〜20cmと低く、森の暗い林床に静かに息づく植物です。華やかな主役の花ではなく、苔の上や落葉の下でひっそりと緑を保ち続ける、その姿はどこか玉依姫の在り方に似ています。

現在は減少傾向にあり、準絶滅危惧種にも指定されている、貴重な植物でもあります。

「葵(あふひ)」という言葉の意味

双葉葵の名の「葵」は、古くは「あふひ」と書きました。

「あふ(逢ふ)」「ひ(神の霊力)」——「神の力に巡りあう草」という意味が込められているとされます。

神霊の依り代となる玉依姫と、神に巡りあう草・葵。この二つが結びつくのは、偶然ではないでしょう。

下鴨神社の御神紋「双葉葵」

下鴨神社(賀茂御祖神社)の御神紋は「双葉葵」です。二枚の葉が寄り添う姿は、玉依姫と賀茂別雷命——母と子の絆を映しているようでもあります。

境内には双葉葵が群生しており、糺の森の木漏れ日の中で、今もその葉を静かに広げています。

徳川家の「三つ葉葵」へ

3枚の葉を図案化したものが徳川家の「三つ葉葵」の家紋です。徳川家は賀茂神社を深く崇敬し、その神紋である双葉葵を自らの家紋のモデルとしました。江戸時代、「葵の御紋」は日本最高の権威の象徴となりましたが、その源をたどれば、川辺で丹塗矢を拾った小さな巫女の物語へとつながっています。


葵祭と玉依姫——千年続く植物の祈り

京都三大祭の一つ

毎年5月15日、京都の街に古代の行列が現れます。

葵祭(賀茂祭)——上賀茂神社と下鴨神社の例祭であり、京都三大祭のひとつ。その名が示すように、葵はこの祭りの中心にある植物です。

行列に参加する人々は、牛車も、装束も、冠も、すべてに「葵桂(あおいかつら)」——双葉葵の葉と桂の枝を組み合わせた飾り——を用います。神霊に巡りあうための草を身に纏い、玉依姫の鎮座する神社へと向かう。この行列は、古代の依り代の思想を、今も生きたかたちで伝えています。

河合神社と美麗の信仰

下鴨神社の境内に、河合神社という摂社があります。御祭神は神武天皇の母・玉依姫命で、「玉のように美しい」ことから美麗の神として深く信仰されています。

手鏡の形をした「鏡絵馬」に自分で化粧を施して奉納する——そのユニークな祈り方は、玉依姫の美しさにあやかりたいという、古くからの女性たちの願いを今に伝えています。


花言葉と象徴

双葉葵の象徴意味
花言葉「細やかな愛情」「高潔」
二葉が寄り添う姿縁結び・母子の絆・安産
林床に静かに宿る性質神霊の降臨・清め・浄化
「あふひ」という語神の力に巡りあう・大きな縁

まとめ

玉依姫の物語は、派手ではありません。

嵐を起こしたわけでも、戦いに勝利したわけでも、愛のために命を燃やしたわけでもない。ただ、神霊を静かに受け取り、命を産み、次の時代へとつないだ。

それは、目立たないけれど、欠かすことのできない役割でした。

双葉葵もまた、そのような植物です。派手な花を咲かせるわけでもなく、森の暗い片隅で、二枚の葉をひっそりと広げるだけ。けれど、千年以上にわたって神事の場に寄り添い、その葉を人々の冠に飾らせてきた。

糺の森を歩くとき、足元の双葉葵に目を向けてみてください。神霊の依り代となった女神の気配が、その小さな葉のなかに、静かに宿っているかもしれません。